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連日の取調べ、家宅捜索の甲斐もなく、捜査は進展しなかった。
身柄拘束も18日目になった時に、証拠不十分で不起訴ということになった。
「不起訴になった。釈放だ」
俺がそう言った瞬間、女のキチンと伸ばした背中が急に丸まった。
「なんですか?」
「釈放だ」
女の顔に笑みが広がる。
「よかった。逮捕された時には、どうなるかと思いましたが、たった一日で釈放って、無実が認められたってことですよね」
その一言で、女は簡易鑑定診断にまわされた。精神保健指定医の診断後、解離性同一性障害、いわゆる二重人格が確認され、不起訴のまま、精神病院に措置入院になった。
「ずっと、弁護士になりきっていたのか。すごい役者だったな」
俺は思わず、そうつぶやいた。
アイドルになりたい、そして、最終的には役者になりたいと言っていたそうだが、きちんと治療を受けて治れば、片方の人格は消える。
「だから、アイドルを演じることも、役者を演じることもできなくなるんだろうな。
かわいそうに」
俺は、また、そうつぶやいていた。
ーー
あの事件から6年後のことだった。
捜査一課に山下早希が訪ねてきた。
「その節は、お世話になりました。すっかり治って、去年、退院しました。別の人格も出なくなりました」
女は、笑みを浮かべていた。
横にいた新入りの青山が、二人の間に割り込んだ。
「あの、握手してください」
青山は振り向くと、俺に笑顔を向けた。
「新人なのに大女優と言われる氷堂彩さんとお知り合いなんて、羨ましいです。悪役だって、お嬢様役だって、なんでも完璧にこなすって、言われているんですよ」
「そっちの人格か」
俺の言葉に女は、不敵な笑みを口元に浮かべた。
了
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