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ポツリと頬を濡らす一雫。
曇天の空から落ちてきたそれは、彼の背中を見つめていた私の意識を引き戻すのに十分だった。
私は持っていた傘を広げ、地面を見つめて俯く君へと駆け寄る。
彼の手には、皺のできた手紙が握られていた。
精一杯の想いを込めて書き綴られた便箋。
出会いから多くの日常の中で生まれた淡い気持ちを、自分なりの言葉で綴られた手紙は相手の手に渡ることはなく、彼の手の中で握り潰されていた。
雨を弾く音に、我に返ったのか傘を差し出す私の顔を見て困った顔を浮かべる。
一人にしてほしい。
そう、その湿り気を帯びて揺れる瞳が私を見つめる。
私は強めに彼の胸に、自身の傘を押し付けた。
少しの驚きの後、受け取ろうとした彼は伸ばしかけた手を下ろして首を振る。
受け取れない、そう彼は告げて本降りになり始めた雨の中を駆けていく。
濡れても構わないのか。いや、今の彼にはこの冷たい雨も必要なのかもしれない。
試しに傘の中から差し出した手に雨を感じる。
恥ずかしさも悔しさも憤りも虚しさも混ぜこぜになった頭を冷ますには、ちょうどいい冷たさの雨だ。
その瞳から流れる雫を隠すためにも、ちょうど良い雨だ。
書いた手紙の字も、この雨に滲んで霞んでしまえばいい。
彼の好きな人へと宛てた一文字一文字など、滲んで読めなくなればいい。
胸に秘めた想いに強く蓋をして、彼と共に書き綴った手紙など、雨に溶けてなくなってしまえばいい……。
そうすればきっと、彼はまた晴れの日の太陽のように眩しく温かい笑顔で私に話しかけてくれるだろうか。
傘を下ろし、降りしきる雨に目を閉じる。
彼の感じている痛みを流せや雨。
私の感じるいる浅ましい想いを笑えや雨。
叶うならば、彼を包む雨のように、私も彼の肩をそっと包み込みたい……。
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