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物心がついた頃から、わたしの隣には幼馴染の彼がいた。遊ぶことも一緒、勉強も一緒、おでかけも一緒。まるで兄弟の様に育ってきた彼と、至って子供らしい約束を交わした記憶がある。
『おとなになったら、けっこんしよう!ぼくたちは、ずーっといっしょ!』
時が進めば忘れるモノ、子供らしくて、果たされる事なんて早々ない口約束。当時のわたし達が一生を背負った真剣な想いなどひと匙もない、遊びの延長のように交わされた約束は、いつまでもわたしの心の真ん中に居座り続けていた。幼い子供にとって、将来の約束というのはそれほど大きくて、未来にきらきらとしたなにかを与えてくれるような存在だったのだろう。
成長して、互いに見た目も声も性格も変わって、それでも隣に居続けて。進学や就職はどうする、もうすぐ成人だね、なんて笑っていた日々が過去のようだ。その時もわたしは、彼がいつあの時の約束を果たしてくれるのかほんの少し期待していたような、気がする。
「……」
そんな彼は今、目の前で大きな岩に潰されて倒れている。折角だし、と共に行った登山先で、土砂崩れに巻き込まれて。助けを呼ばなければ、と思いつつもわたしは岩に潰されてとうに脈の途絶えた彼から眼を離せなかった。
「……どうして、わたしを庇ったの」
言葉が返ってくる訳はなく、だが問いかけてしまう。崩れる土砂に巻き込まれて共に滑落し、どうしようかと途方に暮れていた所で追い打ちをかけるように転がってきた岩。為す術もなく立ち尽くしていたわたしを彼は反射的に突き飛ばして今、こうなっている。とぷ、とぷと溢れる血が地面に流れ落ち、傷は多数あるのか彼を押し潰す岩にも染みていく。目の前で彼の生命を喰らった岩がどうしようもなく憎くて、だが羨ましくも感じた。今すぐ彼を喰らった岩になりたい。地面でもいい。彼の血を余すことなく吸い上げて、彼の生きていたという証明を最も近くで感じたい。そうだ、わたしはそれほどまでに彼を愛していた。
ざぁ、ざぁと雨が降り出す。まるでわたしの感情を表すような雨は見る間に勢いを増していき、やがては滝の様に激しくなる。彼の生命が、山へと溶けていく。 ……羨ましい。いっそのこと、わたしごと潰してくれたらよかったのに、彼がわたしを庇わなければよかったのに、なんて。きっと、最も彼と近く、鼓動を共にして、共に終われることが出来たら、誰よりも彼とひとつになれたというのに。
「わたしも、連れていってよ」
力なく漏れた声は、どうしようもない感情を綯い交ぜにしたよう。降りしきる雨は眼から溢れた透明な雫と混ざり合って、地面へと染みていく。冷えた両手で岩に潰された彼の身体を掴む。冷たい手で掴む冷たい身体は、まるでお揃いになったようで、思わず口元が弧を描いた。必死の思いで彼の身体を引っ張り出そうと藻掻けば、僅かに重心がぶれたのだろう、彼を潰していた岩がずり、と動いた。この調子でいけば、と無理やり彼の上半身を引き抜いた瞬間、支えを失った岩がごろり、わたし達の方へと傾いてきて。
「いいよ、おいで」
冷たい彼の身体を抱きしめて、共に岩に潰される。今日の為に用意した服が泥と血に塗れようが構わない。もうとうに動かない、冷たくなってしまった彼の唇にそっと自身のそれを合わせれば、ほんの僅かに、口の奥に残っていた彼の体温を感じることが出来た。
幼い頃から一緒だった。結婚の約束をした、ずっと一緒にいようと約束した。それならば、最期まで一緒にいよう。
「ね、わたし達、今……誰よりも、ひとつだよ」
彼の身体からまだ滴る生きていた証明が、わたしの身体に滴り落ちる。もう鼓動は聞こえないけれど、それでもいい。わたし以上に彼とひとつになった存在なんていやしない。わたしはきっと、誰よりも幸せだ。願わくば、来世でも彼の隣にいられる存在になりたい。何度生まれ変わったとしても、絶対に離れない。少しも離れたくない、今、こうやって共に岩に潰されているくらいの、近いちかい距離で、何度でも彼を感じながら終わりを迎えたいから。薄らぐ意識と閉じていく視界でも彼の顔はとてもよく見えて、にこりと微笑んだ。
「「ずっと一緒だよ」」
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