十 一人娘

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十 一人娘

「私は一人娘だった。結婚すると婿養子になるだろうと思ったらしく、誰も私に近づかなかった。そうこうするうちに両親が亡くなり、私はずっと独身のままになった。  あなたに興味を持ったのは、ひとめぼれね。あなたとゆっくり話したいと思ったわ」 「なにを?」 「いろいろよ・・・」 「話してどうする?」 「気持ちが合えばいろいろしてみたいわ」 「そのときになったら、お願いします」 「本当にいいの?」 「あのことでしょう?でも冗談でしょう?」 「本気よ。この歳になると時間なんかかけてられないのよ。気持ちの部分が合うと思っても、身体がそうじゃなければダメでしょう?」 「経験があるってことですか?」 「恋人もいなかったんだから無いわよ」 「一人ですることは?」 「過去にはあったけど、それもなくなった。一人はつまらない・・・。  あなたは?」 「俺も同じだ」 「うん・・・」  雅恵はビールをぐっと飲んで、次の缶ビールのプルトップを開けた。ちょっと、悪酔いしてる感じた。 「あなたも飲んで食べてね。肉も野菜もまだ残ってるわ」  雅恵は鍋の牛肉や野菜などをふたりの小鉢に取って、新たに牛肉と野菜、焼き豆腐や糸コンニャクを入れ、小鉢のすき焼きを食べてビールを飲んでいる。 「はい・・・」  堀田は、小鉢のすき焼きを食べてビールを飲んだ。これまで学内で見た雅恵の行動と、雅恵の知人、古畑和子さんのコメントを思いだした。雅恵の気持ちに嘘はなさそうだが全てが本心とは思えない。 「ゆっくり食べてね」  雅恵はそういいながらビールを飲んですき焼きを食べている。 「はい・・・」  雅恵はもっと俺を知ろうとしていると堀田は感じた。俺の交友関係も調べてあるらしい。注意して観察しよう・・・。  テーブルの向いで雅恵が堀田を見ずにいう。 「将来、どういう仕事をしたいと思うの?」  堀田は小鉢と箸を置いた。ビールを飲んでいう。 「以前は大手の企業で研究している自分を想像したが、今はちがう・・・」 「どうちがうの?」 「修士課程を出ると学卒とはちがうように思ってたけど、修士課程でしてることは学部の延長だ。たいして変らない。特別に何かできるようになるわけじゃない・・・」 「そうね・・・。どこに住みたいの?」 「以前は都心に近いところと思ってた。今は地方都市がいい。ここがいいね。ここに住んで今年で五年目だ。仕事するころは七年になる。これから他所へ引っ越すより、ここがいい」 「そしたら、腰を据えるように、しなくっちゃいけないわね・・・」  何だか意味ありげな言い方だとは思った。 「というと?」 「生活設計よ。どこでどんな家に住んで、家族は何人とか・・・」 「そうだね。そこまで考えておいたほうがいいね・・・」 「酔ってるから、頭が回らないんでしょう?」 「うん、回らない・・・」 「よかったら泊まってね。このまま帰るのは危ないよ」 「ありがとうございます。迷惑になるだろうから、帰ります」 「このまま帰して、車にでも轢かれたら、私が後悔するわ・・・」 「わかりました。そしたら、泊めてください」 「うん、それでいいわ。そしたら、安心して飲めるね」 「はい、飲んで、食べます」  堀田は小鉢にすき焼きを取って食べ、ビールを飲んだ。  春の夜はゆっくり更けていった。 「ごちそうさまでした。たくさんいただきました。かたづけます・・・」 「お疲れさまでした。そしたら、私、お風呂の用意するわね」  あとかたづけ、お願いね、といい、雅恵はダイニングキッチンから出ていった。  堀田は食材の皿をラップして冷蔵庫に入れ、すき焼き鍋に残ったすき焼きをステンレスのボウルに移してラップし冷蔵庫へ入れた。そして使った食器とすき焼き鍋を洗った。  その間に雅恵は風呂の準備をしてもどってきた。化粧を落してメガネを外した雅恵は綺麗でずいぶん若く見えた。 「はい。着換えとパジャマ。お風呂をどうぞ」 「わかりました・・・」  堀田は着換えとパジャマ、バスタオルを受けとり、浴室へ行った。  その夜。堀田は一階の客間で就寝した。雅恵は二階の寝室だ。
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