オリキャ過去編~若葉編~ 後編

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オリキャ過去編~若葉編~ 後編

~第四章~ ___時は遡り、三十分前。 翼と別れた椿は、家とは反対の方向、『ゆうが帰った道』へと向かっていった。 そして近くの公園へ入り、前日に仕込んでおいた手袋、ローブ、そしてゴミ捨て場に置いてあったボロボロの鎌を入れたカバンを取り出し、肩にかけ、また歩き出す。 少し歩くと、薄暗く、人通りの少ない道へついた。科学館からゆうの家へ向かうには、この道を通らなければものすごく遠回りになる。すなわち、ここを通らざるを得ないということだ。影になっていて何も見えない、塀の上のスペースでカバンを開け、ローブを袖に通し、手袋をはめ、鎌を手に握った。そして、静かにそこでゆうを待っていた。 そして現在。思惑通りゆうはこの道を通り、作戦を実行することができた。 目の前でうずくまるゆう。首を狙わなかったせいか、即死では済まなかった。 せめて楽に逝かせてやろうと、鎌を構えると、虫のような声でゆうが聞いてきた。 「つ...ばき...なん...で、こんな..ことを...」 椿の手が止まった。椿は今気づいた。『ゆうは何も知らないのだ』。 鎌を持っている手をおろし、ゆっくりと答える。 「なんでだろうね。私にもよくわかんないや。強いて言えば、『好きだから』かな。」 必死で起き上がろうとするゆうの手が止まる。 「いつからかはわかんないけど、私ずっとゆうのことが好きだったんだ。でも、ゆうは違った。だけど、気づいたんだ。殺しちゃえばいいんだ。そうすれば、ずっと一緒にいられる。私はそれだけで十分幸せなんだ。でも、それじゃあゆうが不幸になっちゃう。でもね...」 椿が言いかけたとき、横から強い風が吹き付けた。椿のローブが激しく揺れる。そして、被っていたフードが風でとれた。椿は構わず続ける。 「私にはこれしかできなかった。諦めることができなかった。叶わないってわかってたのに、無駄にあがいて、あがいて、こんな事になって。もう、自分でも何がしたいのかわかんなくなった。」 彼女の目に涙が光った。椿はそれを拭うと、再び鎌を構え始めた。 「ごめんね。」 椿はそう言い、ゆうの方へ踏み込んだ。すると、ゆうの声が聞こえた。 「ごめん...。」 再び手を止め、腕をおろした。 「え...?」 椿は意味がわからなくなった。悪いのは全て椿であり、ゆうは何もしていない。それは本人も承知していた。なのになぜ、謝るのだろう。 「俺のせいで、お前を苦しめていたなんて、夢にも思わなかった。椿、一体何を勘違いしているのかはわからないが、俺は...」 うつむいていた顔が椿の方を向く。 「俺は、ずっと、お前のことが好きだ。」 とても意思を感じられる視線が、椿に突き刺さる。 カシャン 椿の持つ鎌が地面へ落ちた。その目はもはや生きているとは思えない、とても希望の消え失せた目だった。 「椿、最近笑ってなかったからさ、一体どうしたんだろうと思ってたんだけど、まさかこんな事になってたなんてな。何もできなくて、ごめんな。」 ゆうはそう言うと、言いたいことは全て言ったといわんばかりにむせかえった。その口を押さえる手には、血しぶきがついていた。 椿はゆうがむせかえっているのをみて、静かに崩れ落ちた。 ウワァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!! 椿は叫んだ。全身から声を出して、叫んだ。そしてポロポロと涙を流す。 一方ゆうは、永遠に出てくる咳がようやく止まりかけ、周りを見渡す余裕ができた。そして絶望の淵に立つ椿を見つけた。そしてゆっくり近づき、ぎゅっと抱きしめた。 「ごめん...ごめん...私がこんなせいで、ゆうがこんな事に...謝っても許されることじゃないってことはわかってる。でも、謝らせて、ごめんなさい...。」 椿が泣きながらゆうに言う。そしてゆうが優しい笑顔で椿に語りかける。 「いいよ。最後に椿が元に戻ってくれてよかった。」 そして、ゆうが言った。 「またな。」 その言葉を最後に、ゆうが口を開くことはなかった。 「ごめんね...。」 椿がゆうを抱えながらボソッと呟いた。どんどんゆうの体が冷たくなってゆく。椿はただ、それを抱きかかえることしかできなかった。 後にわかったことだがこの時すでに、ゆうは事切れていた。 そして数分後、だんだん落ち着いてきた椿は徐々に冷静さを取り戻していった。しばらくして完全に泣き止んだ頃、ゆうの亡骸を壁にもたれかかせ、手を合わせた。そしてローブのフードを被り、その場を去った。その背中は悲しみと後ろめたさで溢れかえっていた。 ~第五章~ 『続いてのニュースです。昨日午前7時過ぎ、N市市内の道端で近くに住む16歳の高橋優一さんが遺体で見つかった事件で、警察は計画的犯行の可能性が高いと指摘し...___』 二日後の朝、椿はトーストを頬張りながらテレビで幾度となく流れてくる、ゆうの事件のニュースを見ていた。 「椿、この子と一昨日遊んでたよね?なんかあった?」 隣で同じくトーストを頬張っていた母親が椿に聞いた。 「いや、いつも通りのあいつって感じだったよ。」 平然と返す。椿は、これからはゆうの事件のことには何もふれないし誰にも話さないと心に決めていた。しかし、黙っている後ろめたさというものはある。きっとゆうがいたのなら、きっと「話しなよ」って言ってくれるのだろうなと、椿は温かいココアをすすりながら考えていた。 家を出て学校につくと、クラスは大変な騒ぎになっていた。 「つつつつつつつつばきぃぃぃぃ!!!!ゆうが!ゆうが殺されたって!!」 席に荷物を置くと、翼が椿に向かって飛びかかってきた。なれた手付きで押さえる椿。 「そうだよね!昨日帰ってニュースつけたら出てて、もうまじびっくりしたんだけど!」 ゆうの遺体が見つかったのは昨日の朝だったため、ニュースとして報道されるにはタイムラグが生じる。なので昨日はただ「ゆう休みだね〜」という雰囲気なだけだった。 「皆さん、席に座ってください!」 翼と話していたら、担任がガラリと戸をあけて入ってきた。いつもならもう少し遅いはずなので、なにか重大な事があるのだろう。そう悟ったクラス一行はすぐに席へと座った。 「皆さん、高橋さんのことは、もうニュースで聞いていますか?」 皆が静かに頷く。 「それで、ご遺族の方が皆さんに高橋さんのお葬式に出てほしいとおっしゃられています。なので、明日の授業は土曜授業のときにまわし、高橋さんのお葬式に行くこととなります。なので皆さん、明日は制服できてください。」 こうして椿たちのクラスはゆうのお葬式に行くことになった。 翌日。会場へ着いた一行は、各々ゆうへと別れを告げた。椿も別れを告げ、フラフラと会場を歩いていると、ゆうのお母さんに話しかけられた。 「あなたが椿さん?生前はゆうがお世話になりました...。」 そう言うと、彼女は深々と頭を下げた。 「いえいえ、私はなにも...」 「いえ、ゆうからあなたの話は沢山聞いています。あの子、椿さんの話をしている時すごく楽しそうで...。本当に、ゆうと仲良くしてくださってありがとうございます。」 ゆうのお母さんはそう言うと、静かに立ち去った。椿は強く胸が締め付けられるような気持ちだった。 そしてお経も読み終わり、学校に戻るという時、椿はゆうのお母さんが棺に向かって泣いているのが目に映った。 「なんで...なんでこの子が殺されなくちゃならないの...。大丈夫だよ、お母さんが絶対犯人見つけてあげるからね...。」 椿の耳にその言葉が入ってきた。 椿は耳をふさぎ、小走りで会場を去った。 夜。お葬式から帰ってきて、椿は二階の自室でぼけーっとお葬式の風景を思い返していた。 『なんで...なんでこの子が...。』 『大丈夫だよ、お母さんが絶対犯人見つけてあげるからね...。』 あのときの言葉が頭の中でループする。呪いのように何度も、何度もその言葉が巡っていた。 「椿ー、ご飯!」 一階から母親の声が響く。椿は無言で部屋を出て、階段を降りていった。 リビングにつくと、父親と弟、そして母親がテーブルを囲んで座っていた。 「お、椿。今日は唐揚げだぞ。」 「たくさん作ったから二人でたくさん食べなさいよ?」 二人の優しさが胸にしみる。 「姉ちゃん、早く食お!」 弟が嬉しそうに言う。 「うん。」 そう言い、椅子に座った。すると、後ろから誰かが話しかけてきた。 『あなたみたいな人殺しがこんなに幸せそうにしてていいの?』 『優一くんはもう家族の人たちと話せないっていうのに...』 囁かれたのに気づき、バッと振り向く。ただ、そこには誰もいなかった。 『逃げるなんてねぇ...。』 また椿の後ろで誰かが囁いている。ただ、他の皆は気づいていないため、自分にしか聞こえていないとわかった。 その後、椿は後ろにいる『なにか』にずっと囁かれ続けながら、その日を過ごした。 「椿さん...いや、あんたがゆうを殺したの...?」 そんな声が聞こえ、はっと目を開ける。目の前は真っ暗闇で、目の前にゆうのお母さんが一人立ち尽くしていた。 「椿...殺すとか...え...。友達だと思ってたのに...。」 ゆうのお母さんの隣に翼が現れる。見限った、とでも言いそうな顔で椿を見つめる。 「ゆうのことが好きだから殺したとか...w」 「メンヘラかよ...あいつと関わってたら殺されそう...。」 クラスの女子たちの声が聞こえる。 「お前みたいな人殺し、うちのクラスにいらねぇんだよ!そもそも前からうるさいしうざいしで皆から嫌われてたんだよお前!消えろよ!」 大田が睨みつけるような目で叫ぶ。 椿は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。すると目の前にゆうが現れる。 「ゆう...。」 「キモい。消えろ。」 冷たい目で言うゆう。 「え...?」 「あのときはその場の雰囲気的なやつで言ったけど、俺お前の事好きなんかじゃねぇよ。誰がお前みたいなブス好きになるんだよ。なのに自分勝手な理由で殺しやがって。お前、生きてる価値ねぇよ。消えろ。」 「「「「「消えろ。」」」」」 全員が椿に向かってゆっくり近づいてくる。椿はうずくまって叫ぶことしかできなかった。 「こないで!ごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさい!」 チク タク チク タク 秒針の音が部屋に響く。椿はベットの中で横になっている。 (夢か...) 椿はそう思い、再び眠りにつこうとするが、その日は朝まで眠れなかった。 次の日。その日は祝日だったため、学校はなかった。 朝食を食べ、ゴロゴロと本を読んでいたら、後ろから『あいつ』が語りかけてきた。 『そんなのうのうと生きてていいの?優一くんは死んで、皆悲しんでるのに、あんただけのうのうと生きてていいの?』 本をバサッと落とした。 『死ねよ。あんたが生きてるだけで皆が悲しむんだから。』 椿の足は自然と立ち上がっていた。そして、ドアをあけ、外出の支度を始める。 (あぁ、死ぬのか...。) 椿はそうぼんやり考えるだけだった。 気がついたら椿は橋の上にいた。その橋はとても高く、落ちたらまず生きてはないだろう、という場所だ。手すりに手をかける。すると、手すりに貼ってあったチラシが椿の目に入った。 『その命、無駄になくしてしまうなら          世の役にたたせませんか?』 そのチラシには電話番号と住所と、その言葉が書いてあった。 どうせ死ぬなら...と椿はそこへ向かうことにした。 そして家へ戻り、荷物をまとめた。そしてタンスを漁っていると、一つのリボンを見つけた。 (たしかこれは...) 椿が思い出したのは、5年前のことだった。 「椿!12歳の誕生日おめでとう!」 翼がクラッカーを鳴らした。 「はい、これ誕生日プレゼントだよ!」 翼はそう言うと、手に持っていた小さい箱を椿に手渡した。 「ありがとう!なんだろなー♪」 椿はそう言って箱を開けた。すると、中に入っていたのは小さなリボンだった。 「かわいい〜!」 「でしょ!すごいおしゃれなお店で売ってたんだ!椿、似合うんじゃない?」 そう言って翼が椿の手にあるリボンを腕ごと頭の位置に持っていった。 「わあすごい、似合ってる!」 「ほんと?ありがとう!大切にするね!」 あれからもう5年も経っているのかと椿は驚いた。 思い出せば昨日のことのように、翼の声が聞こえる。 椿はそのリボンを丁寧に鞄の中へ入れた。 そして荷造りが済むと、親へ置き手紙を残し、椿は家の扉を開けた。そして、叫ぶ。 「行ってきます!」 ~第六章~ 家から電車を二時間ほど乗り継ぎ、椿は住所の場所へたどり着いた。 かなり森の中にあるが、外観は近未来的な研究所という感じだった。ただ意外なことに森とマッチしている。近くには池もあった。 ゴンゴンゴン 戸を叩く。すると、中から歩いてくる音がした。 ガチャッ ドアが開いた。中から出てきたのは、30代くらいの髪の長い銀髪の、メガネを掛けた女の人だった。目はグリーンアイと言われている、緑色の瞳をしていた。服はTシャツとロングスカートの上に白い白衣を着ている。 「こんにちは。あなたが電話をくれた椿さん?」 優しい顔で聞いてくる彼女。 「は、はい。」 「はじめまして。私は科学者のエリーです。後の詳しいことは中で、さあどうぞ。」 そういうとエリーはドアを開け、椿を中へ入れた。 中はとても広かった。スタイリッシュなリビングにアイランドキッチンがついて、小さなロフトもある。部屋の真ん中の方に机と椅子、ソファーがあり、エリーはソファに腰掛けた。 「どうぞ。座って。」 「ありがとうございます。」 椿は一礼して椅子に座った。 「改めまして、私はエリー。フレイヤ・エリー。両親ともアイスランド人で、7歳の時に日本に越してきたの。ここで薬学に精通する実験をしてる。あなたにはここの家事担当兼実験の助手をしてほしいの。」 エリーが説明していると、後ろから30歳くらいの男の人が出てきた。 「あれ、この子が新しい子?僕はタツヤ。ここでエリーさんと一緒に薬について研究してるんだ。よろしく。」 随分気さくそうな、優しそうな人だった。エリーと同じくメガネをかけ、白衣を着ていた。顎にはちょび髭があり、常に笑顔を絶やさなそうな人だった。 「じゃあ、椿さん。早速だけど料理ってできる?」 「はい、まぁそこそこは。」 「よかった〜!」 エリーが満面の笑みを浮かべる。 「じゃあ、今日からよろしくね!」 「はい!がんばります!」 それから椿はエリーの研究所兼自宅で住み込みで働くことになった。 タツヤは外に家があるらしく、時々家に帰ったりもしている。 そんなこんなで始まった同居生活だが、椿は何気に楽しんでいた。 やることが終わってエリーの研究のない日は窓の近くで池を眺めながらエリーと二人でお茶をしたりもしている。ただ、忙しいときは本当に忙しく、息つく間もなかったりする。 タツヤとも仲良くなり、研究所生活にもなれてきた頃。 「椿、もしもこの国で戦争が起きたらどうする?」 「え?」 二人でお茶を楽しんでいた時、エリーが思いがけない発言をした。 「そりゃ嫌ですけど...」 「そうか。これから政治家になる人がみんな椿みたいなやつだったら、この先戦争で家族を失ったり、肉片になった恋人や友達を目の当たりにしてしまうこともなくなるんだろうな。そんな世界にならないように、皆が頑張らないとな。」 そう言ってエリーはニコッと笑った。椿も笑みを返す。 そんな日々が、半年ほど経ったときだった。 「ねぇ椿、ちょっとこの薬飲んでみてくれる?」 エリーが椿に言った。手にはカプセル状の薬のようなものがあった。 「なんですかこれ...?」 椿が問う。 「これは今研究中の、飲めば夜はすぐに眠れ、朝はスッキリ起きられるっていう薬だ。椿に一回飲んでみてほしいんだが、いいか?」 「...わかりました。」 椿はそう承諾すると、エリーから薬を受け取り、飲み込んだ。 そして、次の日の朝のこと。 椿はいつも通り布団から起き上がり、料理を作ろうと立ち上がった。しかし。 「あれ、なんかまわり高い...。」 椿はすぐ違和感に気づいた。いつもよりまわりのものが高く感じる。不思議に思った椿は全身鏡の前まで走っていった。全身鏡を見ると、いつもより70cmくらい小さくなった自分の姿が映った。椿は絶句した。そして、昨日飲んだ薬のことを思い出す。 「エリーさんに聞けば...。」 そう言って椿はリビングへ駆けていった。いつもこの時間、エリーはリビングでコーヒーを飲んでるはずだ。そしてリビングのドアを開けた。 「あ、椿。おはよ...う...?」 エリーが明らかに困惑したような顔をした。 「あの、朝起きたらこうなってて、もしかして昨日の薬に関係が...。」 椿がそう言うと、エリーの目が変わった。そして自分の手でゆっくりと右目を押さえる。 「あの...?」 椿が心配そうに問う。こんなエリーは見たことない、何があったのだろう。椿がそう思っていると、エリーは右目を押さえていた手をおろした。そして、それをみて椿は絶句し、己の目を疑った。 綺麗な緑色だった右目が、血のような、赤い色に変わっていた。 そして、ゆっくりと立ち上がる。 椿は、その瞬間動くことができなかった。 エリーはとんでもない速さで小さくなった椿の足を掴み、窓から湖の上に体ごと持っていった。 「どうやら実験は失敗したようだ。失敗作はいらない、いる意味がない。」 完全にいつものエリーではなかった。 「エリーさ...」 椿が何かを言いかけたとき、エリーが手で椿の口を押さえた。 「あなたがここにきた理由、チラシを見たからでしょ?あそこに書いてあったじゃない。『その命無駄になくしてしまうなら世の役にたたせませんか?』って。つまりあなたの命は使い捨て。いらないもの。私が言いたいことはわかる?私が研究者であなたが実験用のマウス。なら、要らなくなったら捨てるのは当たり前じゃない?」 エリーが歪んだ表情で淡々と話す。 「最後だし話してあげる。私達が研究していたのは兵器。戦争に使われるやつね。私がイースト国出身ってことは話したわよね?今、そこで戦争が起こっていて、私達はそれに無理やり加担されてる。あの日、突然私達の家に軍人たちが来て、夫と息子を殺したの。そして私にこういったのよ。『私達の兵器を作れ、さもなくば貴様も殺す』ってね。私が一度嫌だっていったら、右目をナイフで切られて、それから。」 エリーの頬に涙が伝った。 「戦争なんて、無くなればいいのにね。」 涙を拭い、また冷酷な、歪んだ表情に戻る。 「じゃあね。」 そういってエリーは掴んでいた手を放した。椿は頭から湖に落ちる。 (もう、だめだ...。) 椿の頭を走馬灯が巡った。 小さい頃両親とでかけた水族館、小学生の頃翼と遊んだ公園、奇跡的に翼と一緒の高校に行けることになったことを知ったあの日。 一つの恋で歪んでしまった自分。己の想い人を殺してしまったあの日。お葬式のときの彼のお母さんの言葉。死んでしまおうと橋に向かったときの絶望感、信じていたエリーに裏切られた今。 (人生、ろくなことなかったな...) 椿は深い、深い深海に沈んでいった。そして椿が最後に見た光景は ボロボロになった遺体の数々だった。 ~第七章~ リンリーン 風鈴がそよ風で揺れ、音を出す。 暖かいそよ風、下に敷かれた畳。 (昔翼と、縁側でスイカ食べたりしたなぁ...。) そしてハッとした。自分が生きているという事実に驚愕した。 あの時、たしかに自分は海底の奥底に沈んでいた。 そう思い頭をひねらせていると、奥からタツヤが出てきた。 「やぁ、大丈夫かい?」 優しい顔で話しかけるタツヤ。 「なんで、私は生きてるの?」 椿はタツヤにそう問うた。 「今まで椿みたいな子はいっぱいいてね。最初は僕も黙ってることしかできなかったけど、もう我慢の限界になっちゃって。あと、椿が僕の死んだ妹に似てるから、ってのもあるかもだけどね。」 タツヤはそう言って苦笑した。 「私はこの後どうすればいいの...?」 「とりあえず戸籍を作らなきゃね。さすがに前の名前じゃだめだから、別の名前のほうがいいよなぁ...。」 タツヤが頭を捻らせた。 「タツヤさんの妹さん、亡くなった妹さんはなんていう名前なの?」 椿は聞いた。 「若葉、だよ。」 タツヤが悲しそうな声で言う。 「じゃあ、そうする。若葉にする。」 椿が意志のある声で言った。 「本当に?本当に、それでいいのかい。」 「うん。」 驚くタツヤに椿はしっかりと言った。 「...じゃあ、そうするね。」 タツヤが優しい笑顔で答える。 この後、タツヤは色々して椿の戸籍をつくり、学校に入ることになった。さすがに今の見た目で高校に戻ることは不可能なので、小学校4年生として入ることになった。 そして2年後。 『N市で発生した少年惨殺事件からおよそ二年半が経過した今日、容疑者と思われる少女の遺族が声明を発表しました。』 椿もとい若葉はトーストを頬張りながらニュースを見ていた。 あの後若葉はタツヤに今までのことを話した。タツヤは何も聞かず、ただひたすらに聞いてくれた。そのことに若葉は今でも感謝していた。 「若葉、そろそろ学校の時間だよ、いそいで。」 タツヤが言う。若葉は静かにうなずいた。 あれから2年経ち、若葉は今日から6年生になった。おろしたミディアムヘアに小さなリボンをつけている。そのリボンは昔、翼からもらったものだ。 「じゃあ、いってきます。」 若葉はそう言い、玄関のドアをあけた。いつもどおり、いつも通りの風景、いつも通りの朝だった。 そして、若葉は歩き出す。桜の舞う道の中、若葉は一人ランドセルを背負い歩いていった。 その背中は、小学6年生とは思えないほど凛々しく、なにか重たいものを背負っている感じがした。しかし、若葉は歩く。自らの宿命を受け入れ、未来に向かって今、歩き続けていた。 ~終章~ ________恋。 それは、人の中に眠っている本能であり、青春とも言えるようなものである。 『恋は盲目』、という言葉があるように、人というのは恋に落ちるとその相手に対してうまく話せなくなったり、判断力が低下してしまったりもする。 ただ、恋をした当人は、その恋をした相手という『人生の幸せ』を見つけたことで、人生がぱっと華やかになる。そしてその相手に会う、話すなどといった楽しみも生まれる。 しかし、時にその『恋』によって、人生が大きく変わることもある。が、それがいい方向になのか、はたまた悪い方向になのかは、誰にもわからない。無論、それは当人も同じである。 この少女のお話を読み、あなたはもう一度この文を見て何を思っただろうか。 恋は怖いものだと思ったかもしれない。はたまた自分をもう一度見つめ直した人もいるかも知れない。 ただ私は、恋は辛い、悲しいものにもなるかもしれないが、幸せなハッピーエンドになるかもしれない。無論、そこまでには簡単には進めない道があり、ゴールに辿り着くまでに諦めてしまうかもしれない。ただ、そんな時でも己を信じ、道を突き進んだ者こそ幸せなハッピーエンドが待っていると思う。 あなたの恋が叶うことを、心より願っております。
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