オリキャ過去編~若葉~

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オリキャ過去編~若葉~

※今回物語上かなりショッキングな内容となっております。苦手な方は閲覧しないことをおすすめします。 ※殺人、自殺、裏切り等ございます。 ~序章~  ________恋。 それは、人の中に眠っている本能であり、青春とも言えるようなものである。 『恋は盲目』、という言葉があるように、人というのは恋に落ちるとその相手に対してうまく話せなくなったり、判断力が低下してしまったりもする。 ただ、恋をした当人は、その恋をした相手という『人生の幸せ』を見つけたことで、人生がぱっと華やかになる。そしてその相手に会う、話すなどといった楽しみも生まれる。 しかし、時にその『恋』によって、人生が大きく変わることもある。が、それがいい方向になのか、はたまた悪い方向になのかは、誰にもわからない。無論、それは当人も同じである。 これから語られるのは、明るく、常に笑顔を絶やさないような少女、『椿』の、悲しく、そして儚い、恋の物語である。 ~第一章~ ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ 部屋全体に目覚まし時計のベルが鳴り響いた。すると、一人の少女が近くのベットから気だるそうに手を伸ばした。 「うるさいなぁ...」 彼女、『椿』は、そう言いながら時計のベルを止めた。そしてふと時計を見ると、時刻は六時半を指していた。椿はベットから降り、せっせと学校へ行くための身支度を始めた。 ある程度の身支度ができると、椿はリビングのある一階へと向かった。 「椿、おはよう」 一階へ降りると、椿の母が話しかけてきた。椿も「おはよう」と返す。机の上には家族分の朝食が置いてある。 「先食べちゃって。今日お父さんもお母さんも仕事行くの遅いから。」 母がそういうと、椿は「うん」と頷き、そのまま朝食を食べた。 朝食を食べ、リュックを背負った椿は玄関先で「いってきまーす」と言った後、ガチャリとドアを開け、学校へ歩き出した。 至っていつも通りの風景、いつも通りの朝であった。 「椿、おはよう!」 椿が学校に向かっている途中、後ろから誰かにド突かれた。驚いて振り向くと、そこには椿の中学生からの親友、翼がいた。 「びっくりしたぁ。おはよう、翼。」 にこにこで突進してくる親友に驚きながら、というか呆れながらも、椿は翼に挨拶を返した。 「ねぇねぇ、昨日の名探偵コアラ、見た?」 「見た見た、確か怪盗キリンも出てたよね。かっこよかったなぁ、キリン様ぁ...」 「キリンいいよね〜!でもあたしはやっぱり楽ちゃん推しだわぁ...いつも楽しそうにしてるけど、ちょっとミステリアスな感じがして...!」 そんな他愛もない会話をしながら、二人の少女たちは学校へ向かっていった。 そして、少し進んで、学校での休み時間。 「なぁ椿、次って国語だろ?俺、国語の教科書忘れちまったんだ...だから、もし使うってなったら見せてくれないか...?」 椿にこう話しかけたのは、椿のクラスメイト、高橋優一、通称『ゆう』だ。常にボケーっとしていて忘れっぽく、頼りない印象だがいざというときにはちゃんとする、いわば映画版ジャイアンののび太Vr.みたいなやつである。 「えぇ...先生に正直に言って、先生の借りてくればいいじゃん...」 「そうしたら俺の内申点がやべぇんだ!頼む!!!この通り!!!」 「はぁ...いいけどさぁ...内申点なら、見せてることバレバレなんだし、意味ないからね」 「ヤッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!ありがとうございます椿さまぁぁぁ!!!」 「聞いちゃいねぇや...」 椿はゆうの隣の席なのだが、こんな性格のためかなり頭を抱えているようだった。 その二人の様子を見て、遠くから翼が小さく笑っていることを、二人は知る由もなかった。 夏の強い日差しが、花壇の朝顔を照らす。先程雨が降ったこともあって日光が反射し、キラキラと輝いていた。そんな様子を見ながら授業中、椿はうわの空となっていた。梅雨も明け、いよいよ夏本番という時期、椿の部内で話題になるのは、『全国音楽コンクール』である。椿は小さい頃から音楽が好きで、中学高校と合唱部へ入っている。そして、中学でも高校でも出場していた『全国音楽コンクール』というのは、毎年夏休みの初め頃にあるもので、全国から合唱団が集まりその精度を競うというもの、いうならば合唱コンクールの規模拡大バージョンのようなものである。ただ、椿は人前で歌うのが苦手なため、毎年この時期は頭を悩ませていた。 「起立、気をつけ、礼」 授業が終わり、クラスも騒がしくなっていた。 (どうしようかなぁ...) 椿が考えていると、横から声がした。 「わぁ、あそこ、今日は花がいっぱい咲いてるなぁ、綺麗だなぁ...」 (こいつは悩みなんてなさそうだな) 自分の隣の席の男子の脳天気な発言に、椿は思わず口に出しそうになったが、すんでのところで止めた。 (今日の部活で誰かに相談してみるか...) そう考えながら、椿は次の時間の準備をしていた。 「...結局誰にも話せなかった...」 部活終わりの午後5時半ごろ、部活が終わった椿は一人で教室まで戻っていた。 誰かにコンクールの件を話そうとしたが、あいにくそんな空気ではなかった。みんなコンクールに向かって熱血すぎるほど練習しており、椿はお門違いなような、おいていかれたような感じだった。 教室に近づくと、中からひどく大きなタイピング音が聞こえてきた。誰かがレポートでもまとめているのだろうか。ただ、今は5時半過ぎだ。こんな時間まで誰がいるのだろう、熱心にやっていて努力家だなぁと思いながらクラスを覗いてみると、意外な人物がいた。 「あれ、椿じゃん」 そこにいたのは、いかにも努力とは程遠そうな男、ゆうだった。 「なんでこんな時間にいるんだ?」 「それはこっちのセリフだ、バカ。」 椿が呆れたような顔で言う。 「んで、あんたはなんでこんな最終下校時刻間際まで教室にいるのよ...」 「ん?あぁ、部活のことでまとめておきたいものがあって。」 「今日は部活ないんじゃなかった?」 「あぁ。でも、やっておいて損はないだろ?」 ゆうの曇りなき眼差しが椿を見つめる。椿はというと、常にぼけーっとしているようなゆうがこんなに熱心に取り組んでいることに心底驚いていた。 「それにさ...」 ゆうが続ける。 「好きなことをしているときって、時間を忘れて熱中できるからさ。それに、親とかも来てるような試合とかでも、不思議と誰にも見られていないような感覚で。」 「...!」 そのゆうの何気ない言葉が、これでもかというほど椿の心に突き刺さった。自分が何よりも好きな、合唱。ただ最近は部活の時時計ばかり見ていたり、人の目を気にしていたりして、正直『楽しんでいる』という感覚はなかった。でも、本当に好きなものというのは人の目も、時間も気にせずに、自分らしく『楽しむ』ものなのだと、椿は感じた。 「...そっか。」 椿はそう答え、フッと微かに微笑んだ。それは他人を見下すような笑いではなく、自分の愚かさを自嘲するような笑みだった。 その笑顔の裏で、心のなかで『なにか』が動き出したような、そんな感覚がしたような気がしたが、その時は特に気にしなかった。これから、その『なにか』のせいで己の人生が180°変わるとも知らずに。 ~第二章~ いよいよ夏休み間近。椿はあの日から、今までより明るく、にこやかに歌うようになった。部活の先輩にも成長度合いに驚かれ、椿はますます部活が楽しくなっていった。 その反面、あの日から『なにか』のもやもやが晴れることはなく、椿は頭を抱えていた。 だがあまり生活に支障のきたすものではなかったので、椿は放っておくことにした。強いて言えば、あれからゆうと話すと話したいことが上手く出てこなかったりはするが、椿にとってはたいして困るようなことではなかった。 そして学校帰り、椿がクラスリャインを見ると、こんな事が書かれてあった。 『◯月△日、◯✕神社で夏祭りあるらしい。来れる人7時に鳥居集合』 いつの間に話し合ったのだろうか。そして翼との個チャでは、想像通りという感じだろうか。『クラスで行くんだよね?一緒に行こうよ!』とおさそいのリャインが来ていた。ただ、その日は別にこれといった用事もなかったので、椿はお祭りに行くことにした。 そしてお祭り当日。椿がせっせと準備していると、翼からリャインがきた。なんと、翼が風邪でドタキャンすると言い出した。一緒にまわる予定だった翼がいなくなった今、自分も行こうかどうか迷ったが、友達がドタキャンするくらいで行くのをやめるのがなんだかバカバカしく感じたため、椿は夏祭りに行くことにした。 ド ドン ドドン カッ ドドンドドン 太鼓の音が会場に響き渡る。今は時間も時間ということで大勢の人がいた。 椿が待ち合わせ場所につくと、すでに6人ほど来ていた。来る人はだいたい10人前後のため、椿はもう少しそこで待つことにした。 そして10分ほどすると全員集まり、椿一行は屋台へ出発した。 まず最初に向かったのはりんご飴のお店だった。「腹が減っては戦はできぬ」とクラスの食いしん坊、大田が騒ぎ出したので、向かうこととなった。 メンバーの中で欲しい人だけが買うと話し合っていたため、屋台の近くにつくと、皆各々並び始めた。椿も並びに列へ向かった。そして列に並び、少しすると誰かが後ろへ並んだ。ふとそちらを見ると、そこにいたのは、先日椿にアドバイス(?)をしたゆうだった。ただ、おそらくゆうはそのことは覚えていないが。 「あれ、ゆう来てたの?」 突然のゆうの出現に驚いた椿が言う。椿はメンバーが集まった時に誰が来ているか確認していたが、その時にゆうの姿はなかった。 「うん。暇だったから一人で。」 ゆうによると、彼が一人で屋台を回ろうとしたら、暴走する大田を止めている椿たちを見つけたという。 椿はメンバーの中で特に仲がいい人やよく話す人などはいなかったので、ゆうと一緒に回ることにした。 りんご飴を食べたことにより大田は正気を取り戻し、次の屋台へ向かうこととなった。 先程のりんご飴の屋台から少し歩くと、射的の屋台が見えてきた。そしてクラスの男子の希望により、一行は射的の屋台へ向かうことになった。 「あぁ、外れたぁ...」 続々と一行が射的を打っていくが、誰も当てることはできなかった。そして、後ろの方に並んでいた椿たちの番になった。椿は、真ん中の方にあった小さなくまのぬいぐるみを狙っていた。 バァン あまりの玉の勢いの良さに、思わず目を瞑る。そして少ししてから目をあけてみると... 人形は打つ前から少しもずれていなかった。 「あ、当たんねぇ...」 そうほざいていると、隣からゆうが聞いてきた。 「ほしいのはあのくまの人形?」 「う、うん」 反射的に答える。すると、彼の目が変わった。そして射的銃をしっかり持ち、片目で人形を睨みつける。 パァン 銃声が響いた。そして、その直後に、スッと人形が落ちる音がした。 「あ、当ておったこの兄ちゃん...」 店主が目を見開き、腰を落とす。そして落ちた人形を拾い、後ろにつけてあった何かを取り、ゆうに手渡す。 「まさか後ろに支えがついてるやつを落とされるとは、一体兄ちゃんなにもんだい...?」 店主がまだ腰を抜かした顔をしながら言った。もう片方の手には板のようなものが握られていた。そして、涼しげな顔でゆうが答える。 「ただの通りすがりのサバゲー好きです。おそらく当たったのも偶然なので、お気になさらず。」 店主はそれを聞くなり、一本取られたという顔をしていた。隣にいる椿は終始あっけらかんとしていた。 「いやぁまいった、兄ちゃん。これ、持ってきな。」 店主はそう言うと、手に持っていた人形をゆうに手渡した。ゆうはそれを受け取り、屋台から出ていく。それを追うようにして椿も屋台を後にした。 そして屋台から少し離れたところでゆうは立ち止まり、椿の方を向き、言った。 「はい。この人形、お前狙ってたんだろ?やるよ。」 「え、いいの...?」 椿はこれでもかというほど驚いた顔をしていた。 「あぁ、そのためにわざわざハッタリ付いてるやつ狙ったんだ。」 「あ、ありがとう。」 椿は戸惑いながらも人形を受け取った。 「さ、みんなのところに戻ろうぜ!次はどの屋台に行くのかな〜!」 ゆうはそういうとウキウキとした足取りでみんなのところに向かっていた。椿の目に映ったのは、いつも通りの、何を考えているかわからないようなゆうだった。 椿はひどく混乱した。たしかに今目に映っているのはいつも通り、ぼけーっとしているような顔のゆうだ。しかし、さっきの屋台でのゆうは冷酷なスナイパーのような顔をしていて、ゆうとはかけ離れている、もはや別人のようだった。この変化は何なのだろうか、そして。 この胸の高鳴りは何なのだろう。 頬が異様に紅潮し、心拍も上がっていた。 疲れているのだろう。 椿はそう結論づけ、ぼけーっと顔のゆうを追いかけていった。 その後はいろんな屋台を回った。焼きそば屋に型抜き、ヨーヨー釣りに金魚すくいなど、どれもみんなと楽しんで回れた。 まつりも終盤に差し掛かった頃、一人の女子が言った。 「ねぇ、みんなで肝試し行かない?」 大田はもげそうなほど首を横に振るが、他のみんなは概ね賛成だった。 暴れまわる大田を三人がかりで取り押さえ、肝試しの会場へ向かった。その光景はもはや犯人を確保した警察官のようだった。 一行が会場へ向かうと、大田は観念したのか急に大人しくなった。 肝試しは二人で一組というルールだったため、話し合った結果くじ引きでペアを決めることになった。幸い一行は偶数だったため、ちょうど二人ペアができた。椿はゆうと回ることになり、少しホッとした顔になった。 そして続々とみんなが出発する。少し経ってから椿たちも後を追った。 中はかなり不気味だった。本物の山を使ってセッティングしているため、雰囲気はすごかった。それに作り物感がまったくないため、椿はかなり怯んでいた。しかし、それはゆうも同じだった。 「ひぇ〜...人っ子一人いないし、雰囲気はすごいし、なんなんこれ、こわ...」 ゆうはそういうと足早にゴールへ向かおうとした。それを追いかける椿。 すると、椿は後ろに気配を感じた。振り返るが誰もいない。 「どうしたんだ椿〜、早く行こうぜ〜!」 後ろからゆうの声がした。 「はいはーい、今行く〜!」 椿はそう言って振り返り、ゆうの方へ向かった。そして隣に並ぶ。その時だった。 「リア充...死ねぇ...」 恨みのこもったような声が聞こえた。その直後、椿たちの頭上から人が降ってきた。 「ギャァァァァァァァァァァ!!!!!」 二人は絶叫し、ゴールへ走り出した。しばらく走ると、前に分かれ道が見えた。椿は一緒に来ると思い右へ曲がったが、ゆうは気づかず左へ曲がってしまった。それに気づかず走り続ける二人。椿が足を止める頃には、彼女の近くには誰もいなかった。 「やばい...ここどこだ...?」 山道から外れたのだろうか。明かりがなく、椿は手探りで前へ進んだ。 すると、椿は目の前が1m半ほどのちいさな崖だとも知らず、前へ進んだ途端崖へ落ちてしまった。 「...ぃった...どっかから落ちたのか...」 椿はそこから立ち上がろうとしたが、足をくじいたのだろう。足首をいため、椿は立てなくなってしまった。 「どうしよう...」 荷物はすべて入り口に預けているのでスマホはなく、懐中電灯もどきも持っていないため明かりを確保することもできない。困ったものだと頭を捻らせていたその時。 「あ、ここにいたんだ。」 上から光が降り注ぐ。その先にいたのは、ゆうだった。 「ゆう?!」 「よっ。大丈夫か?」 「大丈夫じゃないっぽい、足首ひねった。」 椿はゆうに口頭で今までの経緯を伝えた。 「了解。とりあえず少しでいいから立てるか?俺が上から引っ張って、とりあえず上に登らせる。」 それを聞くと、椿は近くの木につかまって、ひねってない方の足で片足立ちをした。そして壁へ向かう。そしてゆうの手を借り、椿はなんとか上へ登ることができた。 「はぁ...なんとか登れた...」 二人は少し休憩してから、椿が口を開いた。 「でも、あたし足くじいてるから歩けないよ?」 すると、ゆうが何かを思い立ったように立ち上がった。すると座ってる椿をいきなり背負いだした。 「え、ちょっとまて、え」 「これしかねぇだろ?ほら、行くぞ。」 椿は突然のゆうの行動に動揺を隠せない様子だったが、ゆうは顔色を何一つ変えず、時々に椿に話しかけながらゴールに向かって歩いていた。 (もうどうにでもなれ...) そう思う椿。ただ、その心のなかに、ほんの少し嬉しさのような不思議な気持ちがあるということは、ゆうは知る由もなかった。 二人がゴールに着く頃には、椿たち以外のみんながもうゴールに着いていた。 椿もゴールに着く頃には足も治っていたため、最後に花火だけ見て帰ることになった。 「俺よく見えるとこ知ってるぜ!」 クラスの男子がそう言い出したため、一行はその男子についていくことにした。 5分ほど歩いて、一行は目的地についた。ついた場所は見晴らしがよく、人も少ない場所だった。 「あ、花火!!」 大田が叫ぶ。手にフランクフルトを持ちながら。 夜空に打ち上げられる花火に見とれる一行。椿も一緒に眺める。すると、隣にいたゆうが話しかけてきた。 「花火、きれいだな。」 そういってゆうは今までにない笑顔を見せた。椿は顔を紅潮させた。そして何かに気づいたのか、ハッと目を見開く。 自分はこのゆうという人間に今、『恋』をしている。 椿は前から気になってた『なにか』の正体が今、ようやくわかった。それに椿は安心したような、どこか悲しいような顔をした。 「椿?」 『なにか』の正体が案じるように問いかける。 「あ、はいはい」 「綺麗だな、花火」 「...そうだな。」 そう言って二人は花火に目線を移した。夜空に咲く花火はとても綺麗だった。 そして花火も終わり、本日はお開きとなった。 帰り道、椿はゆうから貰ったぬいぐるみを見つめながら、静かに微笑んだ。嬉しそうな、少し悲しそうな顔で。 ~第三章~ 夏祭りの日からかなり経った二学期の中盤。 あの日から椿は以前より上の空になることが多くなった。変なところで驚いたり、冷や汗が出たりと、以前とは別人のようになった。ただ幸いなことに周りはそのことに気づいていなかった。ただ、そのことがもうすぐ裏目に出るということを、椿はまだ知らない。 10月も終盤に差し掛かり、暑さも和らいできて肌寒く感じる日も増えてきた頃。椿はいつも通りリュックを背負い、通学路を歩いていた。すると、後ろから翼がとびかかってきた。 「椿おはよ!!あのね、昨日隣のクラスの海結(みゆ)ちゃんからいいニュース聞いちゃった!」 「え?なになにどうしたの?」 いつもよりテンションの高い翼。一体何があったのかと翼の方に振り向いた時だった。 「ゆう、隣のクラスの結衣ちゃんのこと好きらしいよ!まぁ可愛いからね〜結衣ちゃん。」 (え?) 椿は足を止めた。一瞬声に出しそうだったが、ギリギリで堪えた。 「椿どした〜?」 「あ、いや靴紐結び直そうと思って。」 ものすごくありきたりな嘘をつく。 「あぁ、オッケーオッケー!」 そしてそれにまんまと騙される翼。そして意味もなく靴紐を結び直した椿は翼に追いつき問い詰めた。 「んで、さっきの話マジ?」 バキバキに血走った目で翼を見つめる。傍から見たらかなりやばい奴だが、運良く翼は自分と同じようにそういう話に興味があるのだと解釈してくれた。 「マジマジ!昨日の休み時間に、うちらのクラスが教室移動かな?そのとき、ゆうのやつ結衣ちゃんのことめっちゃ見てたらしくてさ!で、結衣ちゃんが気づいてゆうのほう向いたらあいつそっぽ向いたらしくて!もう絶対脈アリじゃん?って!」 椿は話を聞くにつれてどんどん血の気が引いていった。無論、絶対両思いだと自惚れてたわけではないが、心の奥の方にあった、ほんの少しの希望が今、無慈悲に捻り潰されたような気がした。 「マ、マジ〜?いやぁ、あいつが恋とか案外乙女なんだなあいつ。てっきりスポーツに打ち込んで恋なんてしてる暇ないみたいなやつだと思ってた〜。」 喉の奥の方からひねり上げるように言う。ただ、その目は完全に光を失っていた。 叶うことのない恋。 そうわかっていても、椿は諦めることができなかった。 そして知ってはいけないことを知ってしまったあの日からざっと数週間。椿はその日からずっとセミの抜け殻のようになってしまっていた。 今までの時間は何だったのだろうか     今までの自分は何だったのだろうか そのことばかりが頭によぎる。気分転換にリャインでも見ようとスマホを開くと、クラスラインで今度の日曜に科学館に行こうという話になっていた。椿はこんな状態なので行く気すら起きなかった。そしてスマホを閉じ、ふと弟が見ていたテレビに目がいった。 『あぁ、私気がついたよコーキ。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう!』 どうやらアニメのようだ。ある女子キャラが何かを叫んでいる。 『殺しちゃえばいいんだ!そうすれば永遠に一緒にいられる!何があってもずっと!』 椿の目が変わった。弟がキャラにドン引きしているのに対し、椿はハッとした顔になった。 日曜の科学館の約束。今のキャラのセリフ。 椿は何かを思いついたかのようにソファから腰を上げ、自室へと向かっていった。 日曜日。椿は紺色のワンピースで科学館へ向かった。 「あ、椿来たんだ!おはよう!」 科学館に着くと、先に来ていた翼がこちらへ向かって来た。 「おはよう翼!今日楽しみだね〜!」 そして他愛のない会話を交わす。翼の後ろに一瞬ゆうの姿が映った。しかし椿は話しかけることなく翼と話を続けていた。しばらく話していると全員揃い、一行は科学館の中へと向かった。 椿はその日、まるで小学生の時に戻ったかのように目一杯楽しんだ。小さなことで笑って、はしゃいで。その科学館に椿は何度も来ているはずなのに、まるで始めてきたかのように楽しんでいた。それを見た周りの人たちは、もうすっかり元の椿に戻ったのだと思っていた。 「じゃあまたね、椿!」 翼が手を振る。椿もそれに返す。その瞳からは、楽しい時間が終わってしまったという寂しさと、これからの覚悟を感じさせるものがあった。 「終わっちゃった。」 悲しそうに椿が呟く。そしてあたりは次第に静寂に包まれていった。 「...行くか。」 椿の目が変わった。そして、家とは反対の方向へ足を進めた。 「じゃあな、気をつけろよゆう!」 「おう!またな!」 二人は手を振り、二つの道へ別れた。片方は明るく、人の多い大通りへ。もう片方は暗く、人のいない小さな道へ。大通りの方へ出た少年は一瞬足を止めた。目の前の少年、ゆうに、もう会えないような、そんな気がしてしまった。ただ、気のせいだろうと再び足を進める。 そんな暗い道へ向かった少年、ゆう。スマホにイヤホンを繋げ、音楽を聴きながら帰路へつく。聞いているのは恋の喜びと儚さを見事に曲に表しているものだった。その曲は、ゆうの心情に優しく寄り添っていた。そして曲が終わり、また最初から流そうとスマホの画面を見た時だった。 グシャッ 後ろから『なにか』が降ってきた。それと同時に、その『なにか』の持っていた先の尖ったもの、ナイフのようなものがゆうの背中に深く、深く突き刺さった。その衝撃でズサッと前へ倒れ込む。背中の傷は深く、おそらく致命傷になるほどだった。かすれる視界の中、ゆっくりと後ろへ振り向く。そして『それ』を見た時、ゆうは目を見開いた。そして、己の目を疑った。しかし、何度見ても『それ』は変わらなかった。 「え...。」 後ろにいたのは、自らに殺意を持って殺しにかかっていたのは、黒いローブを羽織り、フードを深く被って、手には大きめの鎌のようなものを持った、『自らの想い人』。 椿だった。
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