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いつか王子様が!!
キンコンと4時間目が終わり、気をつけ礼をしたらバッグを掴み猛ダッシュ。
制服のスカートの裾も省みず、校舎の階段を4階からばたくたと下りると、隣の体育棟へ。
体育棟は、屋上がプール、その下が体育館。
その体育館の中二階に作られた小部屋が私達放送部の部室だった。
朝のうちに預かっていた鍵でドアを開け、マイクの前の椅子にドスンと座ると、私はバッグから巨大なおにぎりを取り出し、瞬時に食べ終えた。
部室の窓からは、校舎が見える。まだ授業をしている教室もあるなあ。
壁の時計を見ると放送の5分前だ。間に合った。
ここは5月の県立高校放送部部室。
私は、今日の昼の放送の担当だった。
昼の放送は、月火が3年生。水木が2年生、金曜日が1年生の担当。
今日は火曜日。担当は3年生。今回は私の選曲だ。
「ごめーん。岩木。授業なかなか終わってくれなくてさあ」
「麻友ちゃん。おはよ。大丈夫だよ。まだ5分前。ご飯食べな」
「や。ご飯は後にするよ」
麻友ちゃんやってきて私の隣に座った。
麻友ちゃんはお下げ髪のかわいい女子。スタイルもいい。
それに引き換え私は、どこもかしこもしょぼくて、時々嫌になる。
「岩木。準備はもう」
「うん。朝来てやっておいた。CDも入ってる。あとは始めるだけ」
「さっすが」
「それよっかさあ」
「ん?」
「これ、誰だと思う?いたずら書きしたの」
私は、昨日から机に置いておいた今日の曲目のプリントを麻友ちゃんに見せた。今日は、マイルス・デイビス特集。ジャズだ。学内で評判がいいとは言えないが、これは私の特権。私が担当する日は、ブラックミュージックの日なのだ。
「あ。ビックリマーク」
「麻友ちゃんじゃないのね」
「違うよう」
マイルス・デイビスが、ディズニーを吹いた名曲「いつか王子様が」。その曲目の最後に、ビックリマークを二つ付けた奴がいる。
いつか王子様が!!
「麻友ちゃんじゃなきゃ、誰じゃ」
「いつか王子様が!!」
「が!!」
「いつか王子様がどうするんだろうね」
「裸になって踊り出す」
「パンツをかぶって踊り出す」
「ははは」
「私は予想がつくけどねえ。誰が書いたか。多分、飯塚だよ。書いたの」
「え?」
「好きな子にはちょっといたずらしたい」
飯塚と言うのは、やっぱり放送部員の3年生。
ぼうっとしたいがぐり坊主。男爵イモを擬人化すると多分こうなる。
「噂になってるよ」
「あ?」
「部室で、岩木の写真をじっと見てたって。スマホで」
「え?」
「もう私達3年生だからねえ。時間がない」
へ?
「飯塚は、なんで私の写真なんて持ってるのさ」
「私たちの集合写真だよ。それをほら、指で引き延ばして引き延ばして、岩木だけのドアップがスマホの画面いっぱい」
きゃあ。
「はずい」
「気持ち悪くはない?」
「それは平気」
「ふうん。じゃ、またね」
「は?」
「あ。来た」
どかどかと音を立て、部室に入ってきたのは、飯塚その人だった。
麻友ちゃんは、飯塚の脇の下から放送室を飛び出していった。
どういうことよ。
って言うか、もう放送始めなきゃ。
私は構わずデッキのスイッチを入れた。穏やかなピアノ曲が流れる。これは、お昼の放送のテーマ曲だ。飯塚がさっきまで麻友ちゃんの座っていた椅子に座った。私はマイクのスイッチを入れると、プリントを掴んで声を出した。
「5月25日、火曜日。晴れ。お昼の放送です。今日はジャズトランぺッター、マイルス・デイビスを特集いたします。一曲目は、マイルスがディズニーの曲に取り組んだ晩年の名演奏「いつか王子様が」です」
飯塚がデッキを操作して「いつか王子様が」を出してくれた。ロマンティックなメロディーだ。いがぐり飯塚が私のプリントを覗き込む。
「いつか王子様が!!」
「やっぱお前か」
「だってさ」
「ビックリマークつけると意味が変わってくるんだよ」
「どうするんだろうね。いつか王子様が」
「いつか王子様がラーメンの屋台を引く」
「いつか王子様が競馬で万馬券を当てる」
「いつか王子様が駐車違反で切符を切られる」
「いつか王子様が海の近くで民宿を始める」
「だから。そうなっちゃうんだよ。全然この曲のイメージと違うじゃんかよ」
「じゃあ。いつか王子様が女の子に告白する」
「おお。いいじゃんか。飯塚」
「飯塚王子様が」
「は?」
「飯塚王子様が、岩木に告白する」
「なん?」
「岩木。好きです。付き合ってください」
まじかよ。
「まじ?」
「まじ」
「ふうむ」
「ごめん」
「いいよ」
「え?」
「いいよ、っての。私も飯塚、嫌いじゃない。付き合うよ、飯塚と」
その時、がしゃんと放送室のドアが開いた。麻友ちゃんだ。
「マイク!マイク!音、全部聞こえちゃってるってば!」
あ。
窓の外を見ると、正面の校舎の中から笑ってこっちを見ている全校生徒の顔、顔、顔。やってしまった。
飯塚を見ると、口をあんぐり開けてあわあわ言ってる。
おい、腹を決めろ。
しっかりせい、私の王子様。
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