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何やら地央の様子がおかしい。
推測ではあるが、真直が部活に行っている間に、何か隠れてコソコソやっているような気がするのだ。
それに妙に肌艶がいいのも気になるところだった。
ま、まさか浮気っ!?
……まあね。
いや、まあね。
俺と付き合ってるのかっていわれれば、なんか曖昧な話になるわけだけど、「俺だけ見てろっ」なんて言われたんだから、そゆことだと思ってるよ、俺は。
───俺だけ見てろ。
それは、何度思い出しても胸が躍る光景だった。
フニャンと、真直の顔がだらしなく緩む。
ええ。はい。もう、地央さんしか見てませんとも。
俺は。
ええ。俺は。
だってもうゾッコンだから。
ゾッコンだって。うーわ、ダサ。
でも、何だ、首ったけ?
わあ、ダサ。
けど、それくらい、ダサいくらい、あんたが好きでたまらないんだ。
バカバカしいくらい、あんたに夢中で、朝も昼も夜もずっとあんただけ。
俺はね。
……けどあんたは?
射撃部のエースであった地央が目の不調で部活をやめ、それをきっかけに真直はクールで強い先輩の隠れた幼さと弱さを知ることとなった。
同性である地央に完全に心を奪われた真直、紆余曲折の末やっと気持ちを受け入れてもらったかに見えたが、地央は姿を消してしまった。
宙ぶらりんの熱情は冷めることのないまま行き場を失い、それでも部活を続けていればいつか地央と繋がれるという思いだけを糧に機械のように過ごした日々。
現在は同級生、しかも同じ寮生となって復学した地央に、それこそ人参をぶら下げられた馬のように扱われる真直であったが、たまにその手から直接もぎ取る人参の甘さに、走ることをやめられないのだ。
「あ……」
寮にたどり着いてドアをあけた瞬間に愛する人の後ろ姿が見えたのには、何か特別なラッキーをもらったようで、真直は一瞬疲れを忘れた。
寮内では分厚いフレームのメガネをかけていない為、直接麗しい流し目を堪能できる。
その流し目が自分だけのものではないということに若干の不満はあるが、中心の視界が欠損しており、中心外の視界で対象物を見る為なので致し方ない。
まだ完全に欠損する前に、射撃の的を見つめていた、射るようなするどい目。
その目を向けられ、そしてあの目に、囚われた。
病と向き合い、エースとしてのプレッシャーから解放された地央。今となっては不完全なその瞳にもうあの強い光を映すことはないけれど、真直はずっと、囚われたままだ。
「地央さん」
地央は真直の声に肩をピクリと浮かせると、向かいあって話していた相手に、慌てたように背を向けた。
「よ、よお、黒川」
……ん?
あまりに不自然な態度じゃないか。
そんな真直の心内を余所に、地央は向かい会っていた相手───寮長の山口が何か言おうとするのを押しのけるようにして、こちらに駆け寄ってきた。
「お帰り!」
そのきらめくばかりの笑顔を見せられればつい顔も緩もうというものだが、さすがに山口とのことが気になる。
「どうかしたんすか?」
「何が?」
「いや、なんか、話してたから」
ん?
あー。
なに言ってんだ、俺。
同じ寮に住んでんだから、そりゃ話くらいはするわ。
謹慎処分の件からこっち、ヤキモチを妬くことが許される間柄に昇進したつもりではあるが、それでも想いの温度差はいたしかたなく、さすがに呆れられるなり、うざがられるなりするかと覚悟をした、が。
「そう、か? あ、そうだな。まあ、もう、あれだ、世間話だ。あはは」
あはは、て。
そのあまりに不自然な態度は、なにかのネタなのかと思うほど。
けれど本人は至って真面目に誤魔化したい様子で、山口にとってつけたような笑みを向け、じゃあと手をあげると、真直の服の袖をクイっと引いて歩き始めた。
「……あの、地央さん?」
「ああ?」
「なんかさ……」
隠してる?
なんであればいっそ、そう聞いてくれと言わんばりの態度だ。
それならば、だ。
ここは男らしく、壁ドンの一つもかまして問い詰めるべしっ!!
意気込んだ真直が、めずらしくも奮起し、行動に移そうとしたときだった。
「あ。そうだ。今度父親がこっちに来るんだ。飯にでもって言われてるけど、おまえも、来る?」
……へ?
「まあ、来月とか、どうせそんなもんだと思うけど」
さっきまでのあからさまな動揺とは無縁の口調。本当に、浮かんだことを浮かんだまま声にしただけなんだろう。
ただ、それは真直にとってはとてつもない破壊力のある言葉だった。
……父親って…。え…それは…。それは……え? 親公認?
「……マジで?」
思わず緩む頬。
それを視界の端に捉えた地央は、腰に片手をのせて、得意げに鼻を鳴らした。
「おお。あのヒトの奢りだからな。回らない寿司でも、焼肉でもフルコースでも、なんでもアリだぞ」
男女交際の経験が過多ですらある真直にとって、既に「彼女」のような存在感覚である地央の父親との食事というものには、とてつもなく大きな意味を持つ。が、根本的には男同士。男女交際経験皆無の地央には、友人を夕食に招く以外の意味を持たない。
確実に認識の違いは発生してるのだが、幸せに打ち震える真直はそれには気づかず、すっかり壁ドンの実行を失念してしまうのだった。
うわ、やべ。猛烈にチューしてぇ……。
「地央さん…」
「ん?」
邪気なくこちらに向けられる笑顔に、一層心は煽られる。
可愛い過ぎんだよ、もう。
「こっち、ちょっと」
「あ?」
真直は地央の手首を掴んで人気のないセミナールームの影に引っ張りこむと、顎を上向かせ、その紅い艶に、唇を押し当てる。
「……こらっ!」
肩に加わる鈍い衝撃。
「ベロ入れたら、噛むからな」
可愛い威嚇に、やはり緩む頬。
「はいはい」
あの謹慎騒ぎ以降、キスを拒まれる回数が減った。
そうすれば自ずとせがむ回数が増え、その度にさっきのような威嚇と注意勧告を促してはくるが、拒否そのものはなく、それどころか、殴りついでとばかりに添わされた拳がやがて真直のシャツと掴むことに、地央は気づいているのだろうか。
ゆっくり、つまづきつつではあるが、それでも確実に縮まっている距離。
一つになれる日も、案外遠くないかもしれない。
例えばこの甘い感情と空気のまま──
「ね、地央さん、部屋、行っていい?」
が。
「あ。無理。つか、俺、今週、忙しいんだ。おまえもちゃんと勉強しろよ。じゃな」
そんな真直の幸せな妄想を簡単に打ち破るのが、地央なのだ。
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