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「おぉ、さっきのがこんな膨らむもんなんだな!」
遼一は発酵して膨らんだパン生地を見ても、楽しそうに新鮮な反応をしてくれた。
幼い俺も、きっと毎回こんな風に喜んでたんだろうな。
なんだか、懐かしい気分だ。
「瑞希、ここに置いてある型?にいれて焼くのか?これって食パンじゃね?」
確かに縦長の四角いケースは食パンの型でもある。
「そう。食パンと同じ型だよ」
「俺、食パン作ってたのか〜」
「ちょっと違うんだ。今日作ってるのは、パン・ド・ミって言って、食パンよりも砂糖とか油の量が少なくてアッサリしたパンなんだ。フランスパンなんかは固い耳の部分を味わうパンなんだけど、このパン・ド・ミはね、中身を味わうパン。父さんがさ、よく俺に中身のある人間になれよ〜ってこのパン作り教えてくれたから。最後はこのパンがいいなと思って」
中身のある人間。今の俺が、そうなれてるかは不明だけど、努力はしてきたと思う。
人が嫌がるような、面倒な仕事もしてみようって気持ちでいたのは父さんのこの言葉があったからだ。
正直、学級委員とか推薦される度引き受けて、面倒だなって思う時もあった。面倒って思う時ばかりだったかも。
その度に、面倒でも引き受けて頑張れば、中身のある、父さんみたいなカッコイイ大人の男になれるんだって、そう思ってきた。
父さん、俺、少しはカッコよくなれたかな?
「なぁ瑞希、これ何分焼くんだ?」
「180℃で30分だよ」
「分かった。俺がやるよ」
「よろしく」
楽しそうに自分で焼くって言う遼一見てたら勝手に顔がニヤける。これ、一人で借金返さなきゃってばかり考えてたら、暗い気持ちになりそうだったから、遼一が来てくれて良かったのかもな。
オーブンに型に入れた生地をセットして、スタートを押したら、玄関の方で騒がしい声が聞こえてきた。
「うち開いてんじゃん!」
「お兄ちゃんいるんじゃない?!」
「なんか音する!兄ちゃんの靴だ!もう一つあるぞ。誰だ?」
騒がしい声は、10歳になる双子の弟妹、夕陽と日向だった。
「お兄ちゃん!」
俺の姿を確認して飛びついてきたのは妹の日向。
「日向〜。どうした?兄ちゃんここにいると思ったのか?」
「日向ばっかずりぃ。俺も兄ちゃんにぶら下がる!」
元気が取り柄のような夕陽は片腕に飛びついて、持ち上げるとせがんでくる。
一回り離れた弟妹は、無条件に慕ってくれる、ほんとに可愛い存在だ。
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