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「皆、おはよう! 明けましておめでとう!」  年が明け、初めての講義がある日。優希が教室に出向くと、いつも一緒に行動している三人が固まって何やら話し込んでいた。それを見た優希はいつも通り歩み寄って声をかけたが、視線を上げた三人の表情は僅かに暗かった。 「おはよう……」 「優希……。新年早々、元気ね」 「そうね。冬休み中も元気に過ごせたし。でも、なんか三人とも、ちょっと元気がない? 具合でも悪いの?」  若干心配になりながら優希が尋ねた。すると三人が愚痴っぽく言い出す。 「具合は悪くないけど、若干機嫌が悪くなってきたところよ」 「智慧がつまらない事を思い出させるから」 「私のせい? クリスマスイブがどうたらこうたら言い出したのは、千鶴じゃない⁉︎」 「ごめん、話の流れが分からない。つまりどういうこと?」  優希は困惑しながら、再度仔細について尋ねた。すると智慧が、憤然とした様子で話し出す。 「だから、千鶴がイブのデートで、『彼からプレゼントを貰って嬉しい』的な話をしたわけ。悪かったわね。こっちは彼氏持ちじゃないし、誕生日もきちんと祝ってもらえないし」  そこまで聞いて、優希にはどうしてその話が智慧のイラツボをつついたのかが分かった。 「ええと……、智慧の誕生日は、確か12月24日だったよね?」 「その通りよ! 生まれてこのかた、誕生日ケーキなるものを食べたことはないわよ! 誕生日プレゼントも『クリスマスプレゼントがあるから良いわよね』の一言で、貰ったことないわ‼︎」 「その分、豪華なものをもらっているとか……」 「それはないわ。断言できる。しかも親が、『お姉ちゃんが誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒に貰っているから、あんた達もそうするから』と弟達に言い聞かせているから、『姉ちゃんのせいで、プレゼントが一つしか貰えない』って、ブーブー文句言われてるのよ⁉︎ プレゼントをケチる理由を、私の誕生日にするな‼︎」  智慧の訴えを聞いた三人は、微妙な顔になって囁き合う。 「でも……、智慧にはクリスマスプレゼントだけで、弟達には誕生日プレゼントもあげたとしたら、それはそれで問題が……」 「うん、ある意味虐待だよね」 「他所の家庭方針をどうこういうのは、やめておいた方が良いと思う」  そこで雪菜が、しみじみとした口調で言い出した。 「まあ、色々事情もあるだろうしね。だけどさ、智慧の場合、ケーキは準備されているわけじゃない? 私なんて誕生日が元日だから、ケーキなんて当日お目にかかった記憶は皆無よ。それに新年おめでとうの空気で、別に誕生日を祝う雰囲気でもないし。あるのはおせちだけよ?」 「雪菜はまだ良いわよ! まだゆっくり休む空気があるもの! 私の誕生日なんて、大晦日よ大晦日! 最後の最後でどうしてもバタバタして、片付けだ掃除だ、店が閉まるから買い出しにおせちの準備、果ては年越し蕎麦を食べるまで忙しないのが常じゃない! どこに誕生日を祝う空気と余裕があるっていうのよ⁉︎」  千鶴の叫びに、他の三人は揃って遠い目をしてしまう。 「確かに、なにかと忙しいよね……」 「その頃、もう開いているケーキ屋さんもないよね……」 「確かに、誕生日を祝ってくれと言いにくい空気だわ……」  するとここで、優希が独り言のように呟く。 「でも、取り敢えず皆、毎年誕生日は来るんだよね」 「は? そりゃあ誕生日は当然、誰にでも年に1回来るじゃない」  何を言っているのかという表情になった千鶴だったが、智慧と雪菜が顔を見合わせつつ確認を入れた。 「あれ? そういえば、優希の誕生日って……」 「2月29日じゃなかったっけ?」 「うん。4年に1回しか来ないんだよね。親もすっかり忘れて色々な書類に2月28日って書いては、私が頻繁に直していたのよ。本当に面倒臭かったわ」 「…………」  親が正確な誕生日を忘れてしまうというのはどうなんだろうと、三人は無言になって顔を見合わせた。しかしそれを見た優希が小さく笑い、笑いを堪える表情で告げる。 「でもさ、きちんと誕生日として祝う形にはなっていなくても、その日は家族揃って楽しく過ごせているわけじゃない? それで良いんじゃないの?」  それを聞いた三人も、自然に笑顔になりながら口々に言い出す。 「まあ、そうよね。揃いも揃って珍しい日で、忘れられないし」 「優希も、日付をずらして祝ってる貰っているんだよね?」 「そういうこと。昔は年が明けたら、全員一つ歳を取ってたんだし、新年早々なんだから気分良く過ごそうよ。改めて、今年もよろしくね」 「こちらこそ、よろしく」  そこで何やら考え込んでいた雪菜が、真顔で口を開いた。 「決めた。私自活したら、元日でも営業しているケーキ屋を探す。そしてその近くにホテルを取って、なんとしてでも誕生日に誕生日ケーキを食べてみせる。日本国中津々浦々を探せば、元日に営業しているケーキ屋の一軒や二軒はあるわよね」  その発言を聞いた他の三人は呆気に取られ、次に溜め息まじりに意見を述べる。 「なんか変なスイッチが入ったみたいだけどさ……、日本では絶対無理だと思う」 「年末年始、海外に行けば良いんじゃないの?」 「海外に行くまでもなく都内の高級ホテルに宿泊すれば、豪華なお節を準備するくらいだしパティシエも出勤しているだろうから、お金積めばホールケーキくらい作ってくれるんじゃない?」  そこまで話を聞いた雪菜は、嬉々として叫んだ。 「千鶴、あなた天才だわ! その手があったか!」 「でも、ただでさえ年末年始の料金設定なんて高いのに、高級ホテルなんていったら一人十万二十万越えの世界だと思うよ?」 「上等じゃないの! それを目標に、仕事を頑張るわ!」 「仕事のモチベーションがそれって、どうなんだろう……」 「良いんじゃない? 取り敢えず就職する前に、きちんと単位を取って卒業しようね。来週提出のレポートって進んでる?」 「あああっ! 嫌な事思い出した!」 「いきなり現実に戻さないで!」 「もう少し休みの余韻に浸りたかったのに!」  そこで現実を直視した四人は、あっけなく日常の生活に戻ったのだった。
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