猫になりたい

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 信一は、作品を書くために大事にしていた事があった。それは、『その人(モノ)になりきって書く』事であった。子供なら子供になりきって。犬なら犬になりきって……。  以前、幼い子供の話を書こうと幼稚園に毎日通った事がある。だが、外から眺める様子はさながら不審者であって、警察を呼ばれてしまった事もあった。でも、それでも、その取材のお陰で「ベストセラー」と呼ばれるほどの作品を書き上げたのだ。  こういう事もあって、信一は自分の取材力には自信があったし、そのスタイルを変えるつもりもなかった。 「ですから、少し控えて頂いて───」 「僕は、猫になりたいんです」  信一は、店員の言葉を遮って言った。 「猫の物語を書くには、猫になりきる必要があるんです。猫が、どんな気持ちでどんな事を思った時にその行動をするのか……。僕は、それを知らなくちゃいけない」 「……」  信一が至って真面目な様子でそう言うのを、店員はポカンと口を開けたまま聞いていた。が、ハッと我に返ると苦い顔をしながら言った。 「お客様の気持ちは分かりますが、他の方たちに迷惑をかけてまでやる必要があるのですか?」 「それは……」  そこまで言われて、さすがに申し訳ないと思ったのか、信一は俯いてしまった。確かに、仕事のためとはいえ、自分勝手な考えだったのかもしれない。
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