一番目の仔豚の話

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一番目の仔豚の話

 昔々、ある所に三匹の仔豚がいました。  一番上のお兄さんは、意識が高く上昇志向の強い豚でした。 「たとえ休日や隙間時間であろうと、くだらない娯楽で時間を浪費するのは三流の男。俺は時間を無駄にせずスキルアップに努めるぞ」  若くして起業した長男豚はワークライフバランスなど一切気にせずバリバリ働いてどんどん会社を大きくし、がんがん資産を増やしました。彼のもとには、彼と同様の考えを持つ意識の高い仲間達が集まり、人脈も増えました。  彼の人生は……まあ彼は人ではなく豚なので正確には(とん)生なのですが、分かりづらいので人生で良いでしょう……とにかく、彼の人生は順風満帆に見えました。  そう、あの日までは。  その日、定期健診の結果を聞くべく病院を訪れた彼は、自身が不治の病に冒されており余命半年であることを知らされたのです。 「馬鹿な。俺はこんなところで終わる男じゃない! 何とかしてくれ、金ならあるんだ!」  彼は医師に詰め寄りましたが、医師は沈痛な面持ちで首を振り、「いくらお金を積まれても、現代の医学では治せない病気なのですよ」と言うばかりでした。  しかし、それでも彼は諦めませんでした。彼には、凡百の豚なら行き詰まるであろう局面をこれまで何度も自身の才覚とたゆまぬ努力で潜り抜けてきたという強い自負があったのです。  だから今回も、凡百の豚なら諦めて死を受け入れるしかなくとも、自分なら何とかする方法を見つけられるに違いないと信じました。  彼は、病を克服した自分が数年後にビジネス誌のインタビューを受ける情景すら夢想しました。 「医師に余命半年だと言われたあの時は、さすがの私も目の前が真っ暗になりましたよ。しかしすぐに、こんなところで諦めてなるものかと思いましたね。そして諦めずに治療法を探し続けた結果として、今の私があります。会社をここまで大きくできたのも、あの時の経験を糧にできたからこそです。今にして思えば、あの病気は神が私に更なる成長を促すために与えた試練だったのではないか、という気さえしますね」  夢想の中の彼は、ろくろを回しながら笑顔でそう語っていました。  その夢想を現実にすべく、彼は諦めずに治療法を探し続けました。凡百の豚では受けさせてもらえない秘密の革新的治療法が、必ずどこかにあるはずだと信じて。  そして、その結果……彼は、次から次へとニセ医療に引っ掛かりました。  ある時は謎のキノコの粉末を連日服用し、ある時は謎のイオンを浴び、またある時は重力波でどんな病気でも治癒するという触れ込みの装置を購入しました。それらは一つ一つが高額であったため、沢山あったはずの彼の資産は、みるみるうちに減っていきました。    同時に、体調の方も当初の想定よりはるかに速いスピードで悪化していきました。ニセ医療業者の勧めに従って、本来受けるはずだった標準的な治療を拒否してしまっていたからです。  三ヶ月が経ち、彼の資産がほぼ全て吸い尽くされた時、彼の余命もまたほとんど残っていませんでした。  多くの人脈を持っていたはずの彼でしたが、そのうちの誰一人として彼の病室を訪れる者はおりませんでした。彼と同様に意識が高く、自分の成長に繋がらない無駄な時間は徹底的に削るべしと考えていた彼の仲間達にとって、もはや何の将来性も無い彼を見舞ったり看取ったりする時間は、真っ先に削るべき対象だったのです。  こうして一番目の豚は、自分はいったい何のために生まれてきたのだろうと嘆きながら、孤独と絶望の中で死にました。
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