1 第五王女ファイローニア

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 私とルディが出会ったのは四年前、王都の下町でのことだった。  私はよく忍びで下町で遊んでいて、その時に彼に出会ったのだ。  ルディは男にぶつかられて、それがスリだと気がついた私は、その男にぶつかって摺られた財布をそれとなく取り返し、ルディに渡した。 「――ここはあなたみたいなお坊ちゃんが無用心に歩くところじゃないわよ?」  そう言って、財布を彼の方に放ると、彼は苦もなくそれを受け止めた。  ぼさっとした焦げ茶色の髪に、黒い目、下町風を装った服は、ぱっと見で目立つものではないが、その端正な顔立ちや立ち振る舞いはおそらく貴族のものだ。財布だって、シンプルだが上質な革でできたもので、少なくともこの辺の住人の半年の食費分の値段はする代物だろう。  少し驚いたような、面白がるような顔をした彼は、私をまじまじと見たあと、くしゃっと笑った。 「なら、君が案内してくれ。俺はよその国から旅してここに来てるんだ」  そう言うと、彼はすたすた歩き出す。 「案内しろって言うのに、そっちが先に歩き出すの?」 「……それもそうだな。言い換えよう。お礼に飯を奢るから、この国の話を聞かせてくれ」  そんなふうに誘われた私は、少し興味が湧いて、大通りに面したお店でなら、と請け合った。  ルディの話は、本当に楽しかった。  ルディは隣国のエンジェルスガルド王国の住人で、家が商人をしていると言った。時勢を把握するのも商人にとって大切なことだから、他の国を訪ねるたびに、こういう下町の辺りにも足を伸ばしている、という設定らしい。エンジェルスガルド王国はうちの国にない『海』に面していて、夏が終わるとクラゲが浮いてきて大変だとか、うちの国の名産である葡萄が大好きでよくこっちの方にくることとか、下町の工芸品が意外と面白いこととか、いろんな話をしてくれた。  私は嬉しくて、店を出てからも、王都の自慢のお店とか、ちょっとした串焼き屋とか、名物の王都公園とかを案内して随分な時間を一緒に過ごしてしまった。  最後に公園の奥にある景色のいい丘を案内しているときに、ルディは私に指輪を渡した。  なんでも、ルディの家では男子はみんな持っている指輪で、月の光を浴びせると夜に1時間だけ話をすることができるらしい。 「そんな便利なもの、それこそ売り出さないの? かなり長距離でも使えるんでしょう?」 「実は、指輪の力を使うには、もう一つ条件があるんだ。でも、ニアなら大丈夫だよ」  そういうと、ルディはその指輪を、私の左手の薬指にはめる。 「ルディ、これじゃ結婚指輪みたいだわ」 「……そうだな。君がこの指に嵌めないと発動しないから、使いたい時だけ、こうやって着けてくれ」  そう言うとルディは、また来る、と言って自分の国に帰っていった。  それからというもの、私とルディは指輪で毎日話をするようになった。  そして、年に何回かの逢瀬を重ねながら、私はとルディは、自然とお互いのことを想うようになっていったのだった。
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