2 第六王子の裏事情

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 最後に公園の奥にある景色のいい丘を案内されているときに、俺は彼女に王家の指輪を渡した。  彼女の左手にそっと指輪を嵌めると、彼女は俺に、結婚指輪みたいだと言った。  結婚指輪か……良い。うん、良い。  彼女の些細な一言に心を乱しながらも、また話をしたいからだと言い訳をしつつ、受け取ってもらう。  それからの四年間は、本当に楽しかった。  彼女と毎日深夜に、声での逢瀬を繰り返した。  楽しいことも悲しいことも、彼女と一緒に受け止めて、共有する。なんと幸せな時間だろう。  俺は年に一回程度だったファニーチェク王国への視察も、父様にねだって、年に四回に増やしてもらった。  彼女に会うたびに怖いくらい好きになっていって、だんだん、彼女以外とは結婚できないんじゃないかと思うようになってきた。  そう、結婚だ。  俺達は身分を隠して下町で逢瀬を繰り返しているが、おそらく彼女はファニーチェク王国の貴族だ。  受けている教育が高度なものであることは、彼女の知識や振る舞いからなんとなく察せられるので、おそらくは上位貴族。  まだ婚約者はいないと言っていたが、そろそろ何が起こってもおかしくない年齢だ。  俺は第六王子とはいえ、王族だから、好きに相手を選べるものではない。しかし、隣国の上位貴族の娘なら、可能性はないでもない。  そろそろ布石を打つべきだろう。とりあえず、両親や兄様達には、好きな子がいるから絶対に政略結婚はしないと宣言しておく。  俺の家族は俺に甘いから、これで、無理に政略結婚を持ち込んでくる可能性は低くなるだろう。 「もう指輪も渡した」 「王家の指輪を!? まだ婚約もしていないのに、何をやってるんだ……」  エンジェルスガルド王国の王族のうち、男だけが伴侶に渡すために持たされる指輪。渡す男が心から好きな女性か、婚約者、伴侶としか通話することはできない、汎用性の低い代物だ。  家族全員に呆れられたが、渡してしまったものは渡してしまったのだから仕方がない。大体、あの指輪がなかったら、ニアとまともに話すこともできないのだ。仲良くなって婚約を結んでから渡せ、というのは無理な相談だ。  しかし、俺のこの宣言は諸刃の刃だった。家族から、相手は誰だと根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。  俺はこの国の人じゃないとしか言えなかった。そうだ、俺は彼女のことを、何も知らない……。  今更そのことに気がついた俺は、毎晩の声での逢引の最中に、それとなく彼女の身分や本名を探ってみた。  見事に、はぐらかされてしまった。  だんだん耐えられなくなって、俺は君が好きだから君の本名を教えてほしいと伝えたところ、「私の名前を知ったら、きっと離れていってしまう」と泣かれてしまったので、それ以上聞くことができなかった。  でも、このままだと、彼女はきっと他の男と婚約してしまう……。  そう思うと居ても立ってもいられなくて、父に力を借りるべきか悩んでいるところに、急にファニーチェク王国への視察の話が降って沸いた。  彼女に会えると思うと嬉しくて、彼女の本名の話はさておき、視察のリーダーである三番目の兄様に素直についていくことにした。  俺はまさか、向こうに着くなりファニーチェク王国の第五王女との婚約しろと言われるとは、つゆほども思っていなかったのだ。
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