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はっと気がついたとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
目の前にはただ寂しい草原が広がっているばかりだ。白百合の群生など、どこにも見当たらない。空には月など出ておらず、朝焼けが眩しく輝いていた。
どうやらかなり長い時間、白百合に心を奪われていたらしい。青年は信じられない思いで草原を眺める。青年にとっては本当にたった一瞬の出来事だったのだ。ほんのひとまたたきの時間、見蕩れていただけ。その実、まる一晩もこうして見知らぬ草原に突っ立っていたことになる。
「…………」
青年は、世界にたったひとり取り残されたひとのような面持ちで、その場に呆然と立ちすくむ。
今しがた確かに己が見て体験した、妖しく美しい花畑が消えてしまったことや奇妙な時間の流れについての恐怖心は、なぜかまったく起きなかった。
青年の心には、ただ渇望だけが残った。もういちど、あの光景を見たい。あの安らぎを心に刻みたい。すべて失った自分の、生きる希望を確信したい。あたたかな光に、ふれたい。
青年の強い願望が実ったかのように、地平線の向こうに何かが見えた。なにやら一筋の輝くものがある。心を奪われたあの白百合の光、尊い輝きが、遥か遠くに、確かに在る。
考える前に身体が動いた。
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