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2 茉莉花の午後
うららかな日差しが降りそそぐ山の中腹。林立する木々が途絶え、拓けた場所には古ぼけた茅葺屋根の家が構えてある。
小鳥の鳴く声と梢の鳴る音、小さな生き物の息遣いや獣たちが下生えを踏み分ける音ばかりがひそやかに聞こえる山奥に、不釣り合いな鋭い音が響いている。
なにかをぶつけ合うような勇ましい音に驚いて、木の枝に休んでいた小鳥たちが一斉に飛び立っていってしまった。茅屋の前にふたつの人影がある。小さいものと、大きいもの。棒を持って向かい合い、棒術の稽古をしていたのだった。
「今日はこれくらいにしますか」
「も、もう一回!」
「ふ~む……。熱心なのはよろしい。が、俺は年寄りなんです。気遣ってくださいね、星黎」
「年寄り」だなんていう割にはちっとも疲れた様子のない涼しげな笑顔で言われても、まったく説得力がない。むしろ息が乱れてふらふらなのは、星黎の方だった。
「さあ、午後の”お茶“の時間にしましょう。淹れてきてくれますか?」
「は~い、老師」
星黎は素直にうなずいて、茅屋の方へと駆けていく。
老師と呼ばれた男は、丸太で作った椅子に腰かけて伸びをしながら、少女のお茶をのんびりと待つこととする。
午後の日差しが、程良い運動をこなした身体にやさしく染み渡る。この後はふたりでお茶を嗜みつつひなたぼっこでもしようか。
(それにしても。あの子、棒術も体術も飲み込みが早いのはありがたいのだけれど、加減を知らないんだよなあ)
稽古でも本気でやること、それは彼自身が教えていることではあるが、自分の体力の消耗を考えず、がむしゃらに打ち込んで倒れてしまっては本末転倒だ。
(もっと自分を大切にしなさいって、いつも言っているのに)
とはいえ、世界にはどんな理由で他人に害をなそうとする不届き者がいるかわからない。強くあることは、きっと正しい。星黎は、正しい。いつだって彼の言うことをよく聞き、保護者ながらに彼女を誇らしく思っていた。
「…………」
彼は遠い目をして、空を見上げた。雲一つない晴天。まだ幼い子どもだったころに見たのと同じ青色が、天上いっぱいに広がる光景が少し眩しくて、彼はそっと目を閉じた。
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