2 茉莉花の午後

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 茅屋に戻った星黎はさっそくかまどに火を起こし、壺に溜めておいた水を釜へ注ぎ、湯を沸かしていく。  手慣れた様子で棚から出した茉莉花(まつりか)の茶葉を、ふたり分の湯呑へと入れる。途端に茉莉花の独特の芳香が広がった。星黎は深呼吸して香りを堪能する。  この茶葉は、前回下山したときに老師が購入してきたものだ。癖のある味わいと華やかな香りが楽しく、最近のふたりのお気に入りの茶葉である。  彼ら美花(めいふぁ)族は、他の魔族と異なり澄んだ水さえあれば生きることができる。しかしながら長い生を謳歌するうちに単調な食事に飽き、いつしか“お茶”を嗜むようになったという。  美味しくて、香りも良くて、薄く茶葉の色に染まったお湯は見目麗しく、味覚でも嗅覚でも視覚でも楽しめて一石三鳥だと星黎は思う。星黎もお茶が好きだ。お茶を片手に老師とふたりでのんびり過ごす時間が好きとも言える。  湯が沸くのを待つ間、星黎は今日の稽古について反芻する。いつも本気で挑んでいるのに、ちっともかなわないのがひどく悔しい。  美花族は戦闘向きの種族ではないらしい。そもそも『戦闘』自体ももはや過去の産物となりかけていて、近年は魔族同士で殺し合ったり襲ったりということも滅多にないと聞いている。  美花族を含めた魔族は、その多くが長寿で1000年以上も生を謳歌する。身罷るときも病死や自死はなく、自然死のみだ。  けれど、ごくまれに、今でも、同族同士で争いあい、傷つけあって死んでしまうこともある、らしい。自殺はできずとも他殺は可能だということだ。  星黎は、万が一そのような参事に巻き込まれてしまった時のための自衛の手段として、体術や棒術を教わっていた。  美花族は決して生まれつき力の強い種族でも特別賢い種族でもない。けれど稽古を積めば、確実に能力は身につく。ゆえに努力は怠らない。護身用だから基礎さえ身につけていればよろしい、と老師は言ってくれるが、星黎としてはせめて老師と同じくらい強くなりたいと思っていた。頼りになる大人、もしくは保護者たる老師に守られてばかりではなく、星黎自身が大切なひとを守る力を得ることは、ふたりの生において決して無駄ではないだろうと考えているから。 
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