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プロローグ 妻が恋をしているらしい
夜、子どもが寝てから、
「愛してる」
と言ってみたら鼻で笑われた。これ以上どうすればいいか分からず、僕は途方に暮れた。
「離婚したいの?」
恐る恐るそう聞いてみた。今までずっと僕はその問いから逃げてきた。答えを先送りすれば、とりあえず破局は免れる。でも認めたくないが、この状態はすでに十分すぎるほど破局状態なのかもしれない。
「保が離婚したいなら慰謝料もらって離婚してあげてもいいよ」
「慰謝料?」
「私はまだ離婚したくないけど、保に合わせて離婚してあげるんだからそっちが払うのは当然でしょ」
〈離婚したくない〉と聞けたのはよかったが、〈まだ〉とはどういうことだろう? 今すぐではなくても、ある日仕事から帰宅したら茉利子と悠がいなくなっていたという事態がいつか起こるということだろうか? 僕の少ない荷物だけが残されたがらんとした部屋を想像したら涙が出そうになった。
「本当に暗くてうっとうしい男。もっと楽しい話はできないの?」
茉利子はそう吐き捨てて悠が眠る夫婦の寝室へと消えた。夫婦の寝室といってもずいぶん前から僕は出入り禁止にされている。
誰かが言ってたな。恋愛は快楽で結婚は忍耐と寛容。恋愛は夢で結婚は現実。恋愛は相手に完璧を求めることで結婚は相手が不完全なことを認めること。恋愛は幸せな気分を味わうもので結婚は幸せをつくりだすもの。
茉利子は恋をしてるのだろう。夫の僕ではない誰かと――
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