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第3話「内臓をちぎり取りたいほどに、憎い父親」
清春の幼なじみで親友の深沢洋輔は、煙草のパッケージを差し出して来た。清春が一本取るとライターで火をつける。
「なんだよ、女からの電話か?」
「バカ、妹だよ」
「ああ、あの美人の妹な」
洋輔は、煙草に火をつけて笑った。笑うと、少し甘い美貌がくずれて、より圧倒的な美しさになる。清春自身も整った顔立ちだと言われるが、親友の姿の良さには脱帽するしかない。
の煙を吐きながら洋輔は、
「あの妹がなんだって?」
「クリスマスイブの前日は、家に帰ってこいだと。おれ、その日のシフトに入っているよな、洋輔?」
「入ってるよ。毎日、鬼のように仕事を入れているじゃねえか」
「金がいるんだよ。まだ生活費が足りないんだ」
「親父さんに、借りりゃいいじゃねえか」
清春は切れ長の目を青めかせて、洋輔をにらんだ。
「おれの事情は、分かっているだろ、洋輔」
洋輔は肩をすくめた。これだけのしぐさが、男としてはどうかと思うくらい色気に満ちてつややかだ。
「だれか金のある女に頼めよ。生きていくためと思えば、なんだってできる」
「ひも付きの金はほしくないんだ。たとえ相手が誰であっても」
「そりゃ分かるが」
洋輔は笑った。
「バーテンのバイトだけじゃ、生活費ぜんぶは稼ぎきれねえだろ。プライドよりも、現実を優先するんだな」
清春はため息をついた。洋輔の言うとおりだが、節を曲げて、父親に借金するのは死にたいほどの嫌なのだ。
「あと一年だ。なんとかしのぎ切るよ」
「意地っ張りだな」
「プライドと言ってくれ」
洋輔とふたりで店に向かいながら、清春はもう一度ため息をついた。
そうはいっても、意地とプライドだけでは一円にもならない。
どうする。あのおやじに頭を下げるか? いっそ、内臓をちぎり取ったほうがましなほど、嫌いな父親だが――。
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