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第67話「声だけで、いかされそうだ」
(UnsplashのJuli Kosolapovaが撮影)
佐江は涙ぐみながら言った。
「6年前だって、あなた一緒にいってくれなかった」
「あのときは、きみはまだ何も知らなかったからな。今はもう男と一緒にいく気持ちよさを覚えたか」
ヴァージンでなくなったか、と言われれば、まだヴァージンだ。清春に言うつもりはないが。
佐江は、男と一緒にいく気持ちよさはまだ知らない。
清春は佐江のデコルテにそっと唇を這わせながら低い声で言った。
「……あいつはやめろ。あんな男じゃどうしようもない。きみ、あいつの身体でいかされたことなんか、一度もないだろう」
佐江はぎゅっと唇をかんだ。
男といっしょにいく快楽なんて、いっそ一生知ることはないのではないか、と最近の佐江は思っている。
だとしたら、佐江が知る快楽は清春の指と唇が与えてくれるものが上限だ。これ以上の愉悦を佐江の身体が知ることはない。
今、佐江に入っている指以上に、我を忘れる愛撫を与えてくれるものはないから。
「キヨさん」
「うん」
「して?」
清春が低い声でうめくのが佐江にも聞こえた。
「くそ、6年前とそっくり同じだ。おれはきみが欲しくて、きみはおれのことなんかどうでもよくて、そして最後はおれを置いていく」
清春の長い指は、たくみに動いて佐江を動けなくする。佐江は、きれいな蝶が小さなピン一本で標本箱のなかにとめてしまわれるように抵抗ができない。
いつだって清春は捕食者で、佐江は清春の手の中にある獲物だ。
「佐江」
清春の声が耳から佐江の身体の一番奥にそそぎこまれる。
「あのとき、おれが頼んだこと、おぼえている?」
こっくりと佐江はうなずいた。
あの夜の清春の言葉も愛撫も動きも匂いも、なにもかも覚えている。なにひとつ、忘れられない。
あれは、佐江の身体が唯一あざやかに花開いた瞬間だから。
佐江は荒い息の下でささやいた。
「いくときは、キヨさんの名前をよぶ。これが頼みでしょう」
「今日も、おれの名前を呼んでくれる?」
清春は佐江の首筋にキスを重ねながらささやいた。
「きよはるって、呼べよ」
佐江がうなずいた一瞬、清春の指が彼女の中心を射抜いた。佐江はもう立っていることもできなくて、柔らかいキッド革の手袋の中で必死になって爪を立てた。
清春の指が、縦横に動く。
6年もの空白などなかったかのように。
まるでほんの数日前に、佐江の身体を初めてあまくいかせたかのように。
「さえ」
清春の声が、聞こえる。
「おれの指とキスを、忘れるな。あんな男に、もう二度と触れさせるなよ」
ゆっくりと佐江の身体を愛撫する指にはゆとりがある。しかし佐江の耳に聞こえる清春の声には、どんな余裕もない。
「佐江、おれの名を呼べ」
「きよ、さん」
「……ああ、くそ」
清春の笑う声が聞こえる。
「声だけで、いかされそうだ」
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