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クリスマスなんてクソだ。
ハロウィンが終わると街は途端にクリスマスムードに様変わりする。カボチャのお化けが退場する代わりに、ツリーやリースなんかの飾りが至る所に出現し、スピーカーからはクリスマスソングが流れ出す。恋人たちはクリスマスの予定を語り、親たちは子供が欲しいものを一生懸命聞き出そうとする。テレビはホームアローンの予告を流し、サンタクロースはお決まりの赤い衣装をクローゼットから取り出す。
くそったれクリスマス。くそったれサンタ。クリスマスなんて茶番だ。
クリスマスとは本来イエス・キリストの生誕を祝う日のはずだ。キリスト教徒でもないくせになぜ毎年のように馬鹿騒ぎをする? キリストのことなんてろくに知りもしないくせに。キリストの誕生なんて絶対に祝っていないくせに。
ハロウィンが終わればクリスマス。節操のないことだ。
日本人らしいといえば日本人らしい。特定の宗教を信仰している訳ではなく、イベントが好きだから、イベントがあればとにかく盛り上がる。
クリスマスには恋人同士で愛を語らい、その結果生まれた子供とまた戯れる。
クリスマスのラブホテルは1年で最大の繁忙期を迎えるという。
クリスマスってやつは政府が捻り出した少子化対策のイベントなのかと勘ぐりたくなるほどだ。
そんなことを考えながら歩くと、すれ違うカップルみんな憎たらしく思えてくる。その思いが通じたのか、着飾った格好をしたカップルの女の方は、俺と目が合うと不愉快そうに目を逸らした。
11月の表参道の街は旅行客らしい外国人や多種多様な人間で溢れているが、一番目につくのはカップルだ。これからクリスマスが近づくほどにカップル率がどんどん増えていくんだろう。
職場であるレストランノエルは、ケヤキ並木が連なる大通りから少し脇道に入った所にある。普通に観光で歩いていたのでは、まず見つけられないような立地だ。
いわゆる隠れ家レストランなのだけれど、東京カレンダーなんかの雑誌でよく紹介されたりするせいで、連日予約客で満席状態の人気レストランだった。
夜になると店先に暖かいランプが灯りお洒落な外観になるが、日が沈む前の今みたいな時間は殺風景で、どこかくすんで見える。
正面の扉からレストランノエルに入ると、庄司と浅倉がいつものように開店前の準備をしていた。
「うぃっす」
2人を見て雑に挨拶をすると、庄司が顔をあげて反応する。
「栗栖さん、何おっかない顔してるんですか。殺し屋みたいな顔してますよ」
「うるせえな。誰が殺し屋だ。元々こういう顔なんだよ」
俺としては普通の顔をしているだけなのに、お調子者の庄司はよくそんな事を言って茶化してくる。
「眉間に皺寄ってるし、眼光がナイフみたいですよ。また幸せそうなカップルでも見かけたんですか? 栗栖さんカップルに厳しいから」
「違う。別に俺はカップルに厳しいわけじゃない。主義主張もなくその場のノリに流されるようにして生きている連中が嫌いなだけだ」
「つまりこの店のお客さんみたいな」
「別にそうは言っていない」
「つまり俺や浅倉みたいな」
庄司がそう言うと、浅倉も料理の下準備をする手を止めて顔をあげた。ショートカットでオン眉に切り揃えられた前髪の下で、猫みたいに何を考えているのかよく分からない目が光っている。
「そうだな。いや、そうじゃない。お前らは別にクリスマスだからって浮かれたりしないだろ」
「失礼な。俺たちだってクリスマスくらい浮かれたりしますよ。な、浅倉」
庄司はそう言って浅倉を見る。
「浮かれてはしゃいで、紙でできた王冠被って、クラッカー鳴らしちゃったりしますね」
真顔で言う浅倉の頭に紙でできた王冠を被せてクラッカーを鳴らさせてみたけれど、いまいちイメージが沸かない。
浅倉安那は、目鼻立ちがはっきりとしていて現代的と言ってもいい顔立ちをしているが、性格は浮ついたところがなく、そんなことをしそうなキャラクターには見えなかった。
「まあ子供の頃の話ですけどね。最近のクリスマスはいつも仕事ですから。栗栖さんもよくご存知でしょうけど」
浅倉の言う通り。ラブホテルと同じく、レストランもクリスマスが1年で1番のかき入れ時だ。ほとんどの従業員が、クリスマスは強制的に出勤になる。プライベートでクラッカーを鳴らすような余裕なんてないだろう。
「栗栖さん、本当にクリスマス嫌いですよね。クリスマスに恨みでもあるんですか?」
庄司が好奇心に満ちた目でそう聞いてくる。
「恨みはある」
「どんな?」
浅倉もその大きな目をジッと向けてきたが、記憶が蘇ってこようとするのをすんでのところで止めて、俺は首を振った。
仕事前に気が滅入る話をしてテンションを下げるわけにはいかない。
「そんなことどうだっていいだろ。仕事に取りかかろうぜ。今日も予約客で満席だろ。チャチャッと準備を済ませよう。無駄口叩いてると橋口さんが来ちゃうぞ」
料理長である橋口さんの名前が出ると、庄司と浅倉の表情が一気に引き締まった。30代半ばで表参道の人気レストランの料理長に抜擢された橋口さんは、仕事にはとても厳しい人だ。
「へいっ」
庄司が気の抜けたような返事をし、2人は開店前の準備に戻った。
俺もコックコートに着替える為に休憩室に向かう。
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