キセキに出会った日

1/3
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ

キセキに出会った日

 杖の先端で揺れる鈴の音と、浅い流れの中を歩く度に弾ける水面が仄暗い洞窟内に木霊して。  冷やかな螺旋となって耳元を撫でた。  私は今、背負われている。  この洞窟に滑落した時に足を痛めたからだ。 「……り……がとう……ざ、います」  何日も動けずに此処に居たが、この辺りの水は砂と泥で濁り、とても口にする事は出来なかった。  衰弱した私の枯れた喉は、お礼の言葉すら一向に紡げずにいる。 「もう少しで出口だ。──大丈夫、お前は助かるよ」  私を背負う修道服を着た女の人は、励ましの言葉と共に煙草の煙を吐き出し、洞窟内を迷わず歩いて行く。  自分のリュックを前に背負い、後ろに背負った私を両手で握った杖に座らせる格好で。  休み無しで、もう一時間近く歩いている。 「おっと、噂をすれば。見えて来たぜ?」  少しの疲れも見せず、女の人は私を再び外の世界へと連れ出してくれた。  洞窟を抜けた先は小高い崖の上で、洞窟から流れた小川は目の前で下の森へと落っこちていった。  その時目に映った景色を、私はきっと生涯忘れない。 「あ……」  私の視界全部に、朝焼けの空が広がっていた。  まだ儚い青色の空に浮かぶ白雲を、地平線の向こうから射した陽の光が、鮮やかな暖色に染め上げて。  少し肌寒い崖下からの風は上昇気流となって、朝の匂いを瑞々しく空へと行き渡らせる。  徐々に強まる光の中で、世界は再び生まれ変わった。  急に目頭の奥が熱くなって、枯れていた筈の私の目から、大粒の涙が流れたのを覚えている。  ああ、私助かったんだ。  この世界に生きているんだって、強く実感したからなのかも知れない。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!