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「ほら、飲んでみろ」
女の人はリュックから木のコップを取り出し、水を掬って私に持たせて来た。
この辺りの水は飲めない、という先入観は、すっかりと身を潜めていて。
私は薦められるがままコップに口を付けた。
「……っ!」
久しぶりの喉を潤す感覚に、私の全身は打ち震え、歓喜した。
干上がっていた身体の細胞一つ一つに染み入って、自然と一体になった気がした。
「旨いだろ?」
女の人が、隣で笑う。
私もつられて、「はい」と笑う。
私達から離れた場所に、何処からともなく鳥の群れが水辺にやって来て。
対岸の森からは小動物達が恐る恐る顔を覗かせた。
急に強まったせせらぎと水の匂いを嗅ぎ付けて来たらしい。
「水は、人と同じさ。冷たくて、恐ろしくて。だが命を形作る事も、光輝く事も出来る。──汚れちまったら、誰かが正してやれば良い」
そう言って女の人は懐からマッチを取り出し、咥えた新しい煙草に火を付けた。
火の気配を敏感に感じた動物達は、一斉に森へと逃げ込んだ。
やっぱり。
不思議な力を使って川を甦らせたのは。
この女の人だ。
「あの、貴女は一体……」
彼女が纏う神秘的な雰囲気に巻かれ、私はつい、お礼を忘れて尋ねてしまった。
女の人は煙草を口から離し、煙を長く吹いてから私の質問に答えてくれた。
「別に、大した者じゃねぇよ。只の通りすがりの──修道術師さ」
この日から。
そう。
奇跡の術に出会ったこの日から。
彼女は、私の中で憧れの存在となった。
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