【真鍮とアイオライト】9th 真鍮とアイオライト

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 その後、鈴が親父さんの実家が島根県にあるってことや、俺を案内してあげたいとか、また舞い上がってしまいそうなことを。俺がしどろもどろになりながら、正月は寝て過ごすのが池井家流だということ、お節はばあちゃんと俺で作ることなんかを話しながら、また、鈴に家まで送ってもらった。俺の話はつまらない話だったと思う。でも、鈴は楽しそうに聞いていた。 『料理するんですね』  俺の家に近くなった頃、鈴が言った。お節の話の流れだ。 『や。言うほどじゃないよ。うち母親いないから、なんとなく分担で俺がやってる』  心臓がまだばくばく言ってるのは、どうにか隠して、俺は答えた。鈴の顔はあんまり見られない。折角少し落ち着いてきたのに、これ以上心臓に負担をかけたくないからだ。 『あー。じゃ。こないだ奢ってくれるって、言ったの。池井さんの手料理がいいです』 『え?』  鈴の言葉に俺は思わず立ち止まってしまった。身長が全然違うから、見上げるようになる鈴の顔。勢いで直視する。 『ダメですか?』  そうすると、鈴はなんだか、少し真剣な顔で聞いてきた。 『や。その。いいです…けど』  ああ。もう、心臓うるさい。  敬語になっていたことに気づいたのは、1時間後だった。 『やり。楽しみにしてます』  ああ。ズルい。それは、ズルい。ただでさえきらきらと光ってるくせに、そんな少年みたいな言い方。  月が綺麗発言といい、俺のことなんて新しくできた気の合う友達としか思ってない癖に。これが完全に無自覚で、無意識なんて卑怯だ。 『じゃ。今日は帰ります。また、LINEします。それから、池井さんカウンターの日、LINEしてください。図書館行くから』  ひらり。と、手を振って、鈴が言った。  気づけば、いつの間にか俺んちの前にいた。  完全に記憶がとんでいた。 『…はい』  またしても敬語になってしまう。そんな俺をまるで、可愛い子猫でも見るみたいな、なんとも微笑ましいです! という顔で、見てから、鈴はもう一度”それじゃ”と、言い残して背中を向けた。 『…なんだよ。手料理って…?』  思わず呟く。もちろん、鈴には聞こえないように。 『あ。キッチンちゃんと掃除しておきますね』  俺の声が聞こえたわけではないと思うけれど、振り返って鈴が言った。それから、もう一度背を向けて歩いて行ってしまう。  その言葉に俺はまた、固まったまま動けないでいた。鈴は何と言っていただろうか。それは、俺が、鈴の家に行くってこと?  ふと、先日の風祭さんの声がよみがえる。  鈴の両親は今海外だし、兄弟は独立してるから。家には鈴しかいないよ? 『うそだろ?』  呟く。  その後、結局、障子の隙間から見ていた、兄ちゃんとばあちゃんに散々鈴のことを聞かれたり、鈴の言葉に悩み過ぎてその晩高熱を出したりしたのは、また別の話。  新年早々、前途を案じざるを得ない俺であった。
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