敵を弱くするスキルを付与された俺、敵が弱くなったおかげで難易度イージーモードかと思いきや経験値が手に入りにくくなり、最初の町に取り残される。ver2.5

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「最近ダンジョンにスライムしか出てこなくないか? 」  そのスライムを目の前にして筋肉隆々の大男が言った。大きなアックスを背負っていることからも前衛職なのだと分かる。 「ダンジョンっていうかこの階層にですね」  相方の青白い顔の男が答える。こっちはフード付きのローブを身に着けている。僧侶の可能性もあるけれど聖職者はもっと明るい感じだから魔法使いだろう。男には悪いけどこんな陰気な雰囲気は魔法使いに違いない。 「以前は別の階層にスライムしか出なくなったことがありましたし、よくあることなのかもしれません」 「まぁ、スライムしか出なくなるなら俺達に悪いことはねぇ。楽して稼げるって事だからな」  2人はそういうとスライムをブチっと踏んづけた。魔法使いは魔法を使うこともないし、大男はアックスをかまえることもなかった。仕方がない。スライムだからね。  俺はそんな彼らを遠目に眺めつつまた別のスライムを踏みつけると靴の底でぐりぐりと潰した。この世界のスライムはある一定の大きさになるまで引きちぎっていくと生命活動を停止する。靴の裏に付いたうん…おっと失礼、ガムを引きはがすようにスライムを靴の裏でぐりぐりしているとスライムは簡単に倒すことができた。  スライムは本来なら弱いモンスターではない。ゼリー状の身体は刃物が通用しないし、液体故にどんなところでも侵入が可能。体内に取り込んで溺れさせたり溶解させたりと、えぐい攻撃もできる。傷口から侵入して脳の血管を詰まらさせれば、ほとんどの生物は勝つのが難しい。だが実際にはスライムは雑魚モンスターだった。踏みつぶしただけで生命活動を停止する。これは某国民的RPGゲームによって雑魚として定着してしまったからだろう。そしてこの世界はファミコン黎明期にそんな某国民的RPGを模倣して作られた沢山のゲームの中の一つ、であるらしい。ファミコンももう40年前のゲームだから俺も詳しくは知らないけど。兎に角そんなわけでこの世界でもスライムは雑魚モンスターだった。  俺がこの世界に召喚されたのはもう半年くらい前の話になる。クラスメイト達と召喚され世界を救うように頼まれた。そして初期装備の銅の剣…ならぬファミコンソフトを渡された。曰く「最近はファミコンの世界と説明しても分かってもらえなくて困っています。でも大丈夫。実物があります。詳しくはそのソフトをプレイしてください! 」とのことだった。確かに確かに百聞は一見にしかず。なんと分かり易い。  自室に通されるとブラウン管テレビが備え付けられておりファミコンがおかれていた。俺と、他にも一緒にこの世界に召喚されたクラスメイトがクラスメイトが30人ばかりいたのだが、彼らは異世界に召喚されたその日は徹夜でファミコンをプレイする羽目になった。一応断っておくがこの世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。ブラウン管テレビは著しく世界観を害しているが、とってつけたようなグルグル巻きのアンテナに申し訳ない程度に世界観を壊さないようにとの配慮が見うけられた。この緩さがファミコンの世界観なのかもしれない。でもやっぱり違うかもしれない。  スライムを踏みつぶして靴でぐりぐりしながら、俺は召喚された当時のことを思い出していた。あのころはよかった。まだクラスメイト達も冒険に手探りで優劣などなかった。助け合っていこうという気概に満ちていた。けれどすぐに強くなるやつとそうでもない奴との差ができて、強くなった奴はとっとと次の町に旅立っていった。何しろチュートリアルの町だけあって売ってる装備もしょぼく、町に残る理由などなかった。今や残っているのは俺だけだった。俺だってこんな町とっととおさらばしたかったのだが処々の事情によりこの町から離れられないでいた。 「いやぁ助かるよマサノリくん。君がいると何故かモンスターがスライムしか出てこないからね」  大声でそんな目立つことを言うのはやめてほしいのだが…  採掘現場の現場監督のおっさんがそう言って報酬の入った茶色い封筒をくれた。採掘中にモンスターから守るのが今の俺の仕事だった。ゲームらしく言うならクエストといったところか。このゲームにはそんな洒落た言葉ないのでただのお仕事と認識されているが。  報酬の金額は1日1万円だった。円である。さすが元はファミコン、せめてエーンとかゼニーとかそういう独自の単位を作ればよかったのに。まぁ、ファミコンでもそこまで遊び心がないゲームは稀であると、レトロゲーム好きの山岡くんは言っていたけれど。 「このお札に書かれている人物ですが、誰だかわかりますか? 」  俺は話を逸らすべくそう聞いた。 「ん? ユキチだろう? お金の神様だ」  う~む、微妙にあっているような、間違っているような。ちなみに5千円に書かれているのは新渡戸稲造で千円に書かれているのは夏目漱石だ。なにしろファミコン時代のゲームだから世界観はそこで止まっている。缶ジュースは100円だしガチャはスマホではなく実機が置かれているしカードはパックではなく自動販売機で売られている。給料を茶封筒で渡してくるのもどことなく昭和テイストを思い起こさせる。剣と魔法の世界? 何それ美味しいの? 状態だがファミコンにはよくあることらしい。 「今度15階層に金の採掘にいくことになっているんだが、また護衛に来てくれないか? 」 「15階層ですか。確かオークとかがでてくるところですよね? 」 「オークどころか、オークキングがでてくるよ。こんな辺境の冒険者では手にあまる。だがマサノリがいればスライムしか出てこなくなるんだろう? 」 「いや、それは…どうでしょう」  俺は言葉を濁した。敵が弱い敵しか出てこなくなる。それが俺の特殊能力だった。今風に言うとスキルというやつだ。この世界にはそんな洒落た言葉は以下略。渡されたゲームにはそんな様々な能力は無かったのだが異世界に召喚されたクラスメイトは間是か皆特殊なスキルを持っていて、俺のもっていたスキルがこの敵を弱くする能力というわけだった。なぜこんな特殊能力を持っているのかというと「多分乱数調整です」とのことだった。そっちで召喚しておいて多分とはなんとも頼りない話だが。 『敵だと強いのに仲間になったら弱くなることあるじゃないですか? 』  俺達を召喚した召喚士はみんなに説明した。 『あれはプレイヤーの考える力を数値化しているからなんです。プレイヤーは体力がなくなると回復魔法を使えますがゲームのキャラは出来ません。適当に回復魔法を使いますよね? だから単純に能力を強化して乱数調整しているのです』  分かったようなわからないような話だが俺達がゲームの世界に召喚されたときオミットされた人間としての能力を代替する形で各自能力が付与されたということらしい。分かったようなわからないような話だが。  でもそれってよく考えると怖い話だろう。その話を信じるなら俺達はゲームの世界に召喚されたとき馬鹿になっているってことだからだ。だってそうだろう。必要な時に必要な回復魔法が使えなくなる代わりに能力が付与されているって言われてるんだから。 『やだなぁ。それは大げさですよ。必要な時に必要な回復を使うのは貴方自身です。自分を強く持てば変わることはありません』  じゃあ自分を強く持てなければ変わってしまうということなのでは? と思ったのだがクラスメイト達はそこまで疑問を持つことなくなんとなくその話は流されてしまった。というか『ゲームキャラが仲間になったら弱体化するのは絶対そんな理由じゃないよね? ゲームの都合だよね? 』と至極当然の突っ込みにより深く考えることがなく終わってしまったからだ。確かにそれも一理あるのだが今考えると召喚士の話も一考の余地があったのではないかと思う。だってクラスメイト達はこんなゲームの中に召喚されるという異常な状況にも関わらず協力して解決することを忘れ思い思いに行動するようになってしまったのだから。確かに必要な時に必要な回復魔法を使えないくらい俺達が変わることはなかったが、これはこれでこの世界に来たことにより思考の浸食を受けた結果だと考えたら考えすぎだろうか?  話がそれた。兎に角、敵が弱い敵しか出てこなくなるのが俺の特殊能力だった。  ただ勘違いしてはいけないのは敵が弱くなる能力であり、敵がスライムになる能力ではないということだ。俺の能力で弱い敵しかでてこなくなり、それが最大限に発揮された時がスライムになるだけで、いついかなる時でもスライムしか出てこなくなるわけではないのだ。どのくらい弱くなるかは俺のレベルに依存する。例えばこの8階層は本来ならボブゴブリンがでてくるはずだがレベル1の時の俺がここに来ればゴブリンしか出てこなくなる。今の俺のレベルは5なのでスキルが強化されてスライムしか出てこなくなっているという訳だ。今の俺だと2段階くらい弱いモンスターが出てくるみたいだった。  オークキングはオークの2段階上位のモンスターだ。オークの一段階上にオークナイトとか、オークソーサラーとかがいて、その上にオークキングがいる。おそらくレベル1の俺が行けばオークナイトとかがでてくるだろうが今の俺が行けばもう一段回弱くなってオーク当たりが出てくるんじゃないかと思う。あるいはオークより格下のゴブリンの上位種、本来ここに出てくるはずのボブゴブリンとかがでてくるかもしれない。どちらにしろレベル5の俺に太刀打ちできる相手ではなかった。俺は現場監督のおっさんに丁寧にお断りしてその場を去ることにした。 「報酬は1日10万になるんだがなぁ」 「10万ですか?」  と思ったけど金額に思わず立ち止まる。 「なにせ発掘するのは金だからなぁ。純粋な価値ならこれの10倍でも安いくらいだ」  おっさんはそういうと発掘中の銀を指さした。 「なるほど…」  現場監督のおっさんからしたらオークキングがオークやボブゴブリンになるだけでも大助かりだろう。俺の他にそれなりに優秀な冒険者を雇えば比較的簡単に対処が可能となる。しかし俺的にはそれはあまり好ましい話ではなかった。悩んだすえに、やはり俺はお断りすることにした。ここはチュートリアルの町だからそんなに稼いでも使い道がないというのもあるし、何よりこの世界の人間はNPCだからというのが大きかった。  ・・・ 「今日でお前は首だ! 」 「そんな待ってくれ! 私には5歳になる弟妹がいるんだ! ここを首になったらこれからどうやって稼げばいいのか! どうか解雇にしないでくれ! なんでもするから! 」 「だったら体でも売るんだな! 」  ドッと酒場で笑い声が起きる。  こんな嫌な奴おらんやろ、というギャグが聞こえてきそうな風景だが残念ながらいるのがこの世界だった。だってみんなNPCだから。どこまでも頭が悪くなる。彼らは人間ではなくそういうキャラなのだ。だからどこまでも愚かで見苦しくなる。仮に俺がスキルで敵を弱体化させれることがばれれば、本当は弱いことがばれれば、どんな目にあうか分かったものではない。俺は弱いわりにはいい装備を身に着けているから身ぐるみはがされかねない。 「おい待てよ。辞める前に装備はおいていけ」 「そんな…装備まで失ったらもうダンジョンにもぐることもが出来なくなってしまう」  案の定あんなことまで言われている。  だけどそういえば俺もゲームで仲間の離脱イベントで装備をはがしたことあった。現実だとこんな嫌な感じになるらしい。俺はこのNPCと同じことをしていたわけだからちょっと良心が痛んむかしれない…いやいや、違う。俺とあいつらは違う。  俺は頭を振った。  俺と離脱したキャラの間には確かな絆があった。俺とって言うか俺が操作してるゲームのキャラとだけど兎も角、絆があったのだ。あんな風に追い出してはいない。それに彼らはみんな自分から率先して装備を置いて行ってくれたのだ。ファミコンと違って最近のゲームはそんな理不尽な離脱イベントはそうそう起きない。皆空気を読んで装備を置いて行ってくれる。もしくは最初から装備固定で外せなくなっている。持ち逃げされることもないようになっているのだ。そうそうないだけでちょっとはあるけど。 「てめぇら。ここで裸にするわけじゃないだろうな? 」  見かねた酒場のマスターが仲裁に入る。  この世界はゲームの世界だが、世界観を妙に現実に寄せている部分があった。もめ事を止めてくれる点もその一つかもしれない。ゲームによっては「ぎゃはははは! 」とかみんなで笑ってフォローなしな場合もあるしね。 「まさか。こいつの装備なんて売っても二束三文にもならねぇ。冗談に決まってるだろう? 」 「しらけちまったぜ。飲み直しに行こうぜ」  もろに悪役の台詞を吐きながら冒険者たちは酒場を後にしていく。でも律儀に金は払っていく。飲み直しとはいってもこの町に他に酒場はない。出禁になって困るのは彼ら達だ。とっても現実的な判断と言えよう。  他に世界観を妙に現実に寄せている部分としては、例えば敵を倒してもお金もアイテムもドロップしないなんてのもある。中にはモンスターの習性として光るものを集めていたり、人間でも使用可能なアイテムを所有している場合はある。だが、それは特定のモンスターに限った話だ。モンスターを倒してモンスターがお金やアイテムに化けるということはない。強いモンスターを倒したのにそういう習性をもっていなかったため、かえって金銭的には旨味が少ないということもままあるのだ。お金を稼ぐには仕事をこなさなくてはいけない。今のゲーム風に言えばクエストだ。さっき俺がやってた採掘場のモンスター退治みたいなやつね。  お仕事には大きく3種類ある。特定モンスターの討伐、アイテムを探す、特定対象の護衛。残念ながら小売りやサービス業は俺達はすることができないみたいだった。勇者なんだから戦ってと拒否されてしまう。山岡君が言うには経営のシュミレーションゲームのはしりは某ステテコパンツの勇者の仲間だからファミコンということになるけど、本格的に派生していくのはそれ以降のスーファミ、プレステ、PCゲームなのでこのゲームには反映されていないのではないかということらしい。  特定モンスターの討伐、アイテムを探す、特定対象の護衛の中で、相手を弱くするスキルを持つ俺は特定モンスターを倒すのには向かなかった。俺が行けば特定モンスターより弱いモンスターしか出てこなくなるからだ。アイテムを探す系はそれに向いたスキルがいることが多いからこれもNG。そうすると必然的に護衛系の仕事を受けることになる。俺が行けば敵が弱くなるためこの仕事が一番相性がいい。ただ注意すべきは護衛する対象を襲う敵が何なのかわかっていないと危険だということだ。確かに俺は出現する敵を弱くすることができるが、俺自身も弱いためその弱くなった敵にすら対処できない可能性が高い。だから相手の強さが分からない暗殺からの要人の護衛などは間違っても受けてはいけない。受けるのは採掘現場の護衛とか出てくるモンスターが分かり切っている依頼のみだ。そう、俺は弱かった。敵を弱くできる能力を持つ俺だが、敵が弱くなれば当然経験値も低くなりレベルが上がりにくくなる。これが俺がクラスメイト達に置いて行かれた理由でもある。ゲームだと1番最初の町であるこの町の中ですら駆け出し冒険者レベルの強さしかない。ただ俺の場合敵を弱くして高ランクの依頼をうけることはできるので、実力のわりに金を持っていた。粗暴な冒険者の多いこのゲームでこんなことが知れ渡ったらいいカモになるのは明白なので、なるべく他の冒険者との協力するような仕事は避けなくてはならないのはそのためだった。 「俺達のおかげでレベルはあげれたんだ。恨みっこなしだぜ」  解雇された女を残し他のパーティ達が店を出て行った。まぁ、酷い別れにはなったけれどレベルを上げてもらえたのなら有意義な時間だったのかもしれない。それは俺にも経験がある。  俺もスライムだけを倒していてはレベルを2にあげるだけでも困難だったが、現在5レベルに達しているのはそれまでは仲間とパーティーを組んでいたからだ。彼らは一緒に現実の世界から召喚されたクラスメイトだった。クラスメイトの中では鑑定という能力を持っている者もいて、そのクラスメイトに俺のスキルのことも教えてもらった。そしてしばらく彼女たちとパーティを組むことになった。女の子たちばかりのパーティだった。女の子ばかりだったので敵が弱くなる代わりに経験値が入らないというデメリットも許容できたのだ。何しろモンスターとはいえこの世界では生きている。スライムならぶよぶよしたものをつぶすだけでいいが魔物や亜人を倒せば血が出るし内臓は噴き出すしでとてもグロかった。その頃は敵がスライムばかりになる俺の能力はかなりありがたがれたものだった。しかしレベルが上がるにつれて変化が訪れた。ステータスが上がるにつれそういうグロさにも耐性ができたみたいだった。レベルが上がるにつれみんな好戦的になっていった。特に戦士職の川原さんはそれが顕著で最後の方は結構きついことも言われた。そうして俺のレベルが5になったあたりで限界が来てお別れすることになったのだった。俺も分かれ方は人のことを言えたものではないが時間がたてばよい思い出だったような気がしなくもない。あの経験のせい今までパーティを組むのをためらっている部分はあったけれども。  でももうそろそろ頃合いなのかもしれない。  考えてみればあれから俺のレベルは上がっていなかった。もっと真っ当なモンスターも倒してもうちょっとレベルを上げておいたほうがいいかもしれない。そうすればもっと上位のモンスターもスライムに変えられて安全にお金儲けができる。いや、お金儲けが目標ってわけでもないけれど、さっき言われた日給10万というのはかなり魅力的な話だったのでそんな考えが芽生えたのかもしれない。  俺はとぼとぼと酒場から去る、さきほどの冒険者を目で追った。俺のレベル上げについては前々から考えていたことがあった。それを実行に移すチャンスかもしれない。 「お困りみたいですね」  俺はしばらく考えた後、打ちひしがれた女に声をかけた。  女ははっきり言って不細工だった。おっさんと言われたらそのようにしか見えない。身体も全然凹凸がない。体を売れと言われて笑われていたのはそのせいかもしれない。 「お前は…」  女は俺を見つめて驚いたような顔をした。  それもそうだろう、俺はレベルに見合わない金を稼ぐことができたから装備だけは立派だ。この町の中ではだけど。女の目には俺が上級の冒険者にでも見えたのかもしれない。鑑定のスキルがなければ相手のステータスを勝手には見れないし、鑑定のスキルは低級の冒険者が持っているものではない。普通の人間がレベルを知りたかったら教会の神父にでも聞くのが一般的だった。 「あ、貴方様はもしや、チュートリアの守護者様? 」 「? 」  いきなり意味の分からない名称で呼ばれて戸惑う。  チュートリアとはこの町のことだ。チュートリアルの町だからチュートリア。安直だね。 「普通、異世界から召喚された勇者様たちはすぐにこの町を去ってしまうのに、いつまでもこの町を守ってくれる守護者様。そのおかげでこの町の採掘者の死亡率は大幅に減ったとか…」  女は信じられないという尊敬と羨望の眼差しで俺を見ている。  なんだそれは。いつの間にそんな話になってしまっているのだ。確かに、俺が採掘の護衛の依頼ばかり受けているせいで採掘の仕事はとてもはかどっているみたいだけれども。  あんまり有名になって悪目立ちするならやはりこの町から早く離れた方がいいだろう。そうなるためには俺ももうちょっと強くならないといけないけれど。 「先ほどの騒動を見ていました。いったい何があったのですか? 」  俺は気を取り直して彼女に聞いた。彼女の名前はサニアというらしい。なんとびっくりまだ15歳らしい。見かけはおっさんなのに。神様も罪づくりなことをするものだ。まぁこの世界の神様は挽回する機会もくれているから現実の神様よりは優しいかもしれないけれども。サニアはパーティを追い出されることになった理由を素直に話してくれた。といっても特に珍しい話ではなかったが。  金が欲しくて冒険者になったがレベルが頭打ちになり解雇された。それだけの話だった。  このゲームのステータスには美しさの項目もありレベルが上がればそれも上がる。おかげで上位の冒険者はみんな美男美女だ。パーティを組んでた女の子達もレベルが上がるたびに美しくなっていった。戦いでは使えないサニアも、レベルがあがれば多少はましになるのではないかとの下心があって囲われていたみたいだ。でも結果は見ての通り。まぁ、ステータスの上がり形は個人差もあるし。だからあんなひどい仕打ちで追い出されてしまったらしい。 「何とか抱こうかと思ったが無理だった。お前を抱くならヤギに突っ込んだ方がましだと言われました」 「それはひどいセクハラだね」  俺は適当に相槌をうった。この世界の美しさはステータス依存なのでその気になればいくらでもドーピングできる。ファミコンだけに上限値なんて立派なものはないので上げたい放題だ。むしろ不細工なおかげで突っ込まれなくてよかったんじゃないかと思ったのだが、いくらなんでも失礼なので言うのはやめておいた。  俺が強くなるために一番手っ取り早い方法は強い冒険者と組むことだ。敵は強い冒険者に倒してもらって、俺はその見返りに難易度を低くしてクリアした依頼でお金を提供する。WINWINの関係だ。ただ信頼できる相手でないと俺が弱いのがばれて弱みを握られてしまう。相手は慎重に選ばなくてはならない。その点彼女は最適に思えた。  この世界の住民はNPCだから人格に厚みがない。良い奴は良い奴で悪い奴は悪い奴なのだ。現実の人間はもっと複雑だ。良いやつに見えて悪いやつだったり、逆だったり、良いやつとも悪いやつともいえなかったり。一度好意を抱いてもらえてもその好意が何時の間にか消えていることなんて珍しくもない。だけどこの世界の人間は一度好意を抱いたら余程のことがない限りずっと好意を抱いてくれる。サニアは病気の兄弟のために頑張る良い人間のキャラなので俺を裏切るようなことはしないだろう。問題があるとすればパーティを首になるくらいだから彼女が強いキャラとは思えないことだった。  この世界の人間たちにはランクが存在する。今のゲームで言うレアリティみたいなものだ。レアリティが低いと限界レベルが低くなるので強くなれない。彼女が首になったということは彼女も低ランクのキャラなのだろう。  彼女の話では彼女のレベルは10で頭打ちして一向に上がらなくなったとのことだった。思った通り彼女は低ランクしかも一番最低ランクのキャラみたいだった。今のゲーム風に言うところの星1つとかコモンとかそんな感じだろう。まあレベル10なら俺よりは強いけど。 「サニアさんの強さって実際どれくらいなのですか? 一対一でオークとかボブゴブリンに勝てますか? 」 「そんなのできるわけがない! せいぜいがゴブリンが精一杯だ! 」 「はぁ…ゴブリン」  予想以上に弱かった。そういや低ランクのレベル10より高ランクのレベル1の方が強いなんてよくあることだった。  ゴブリンは人間でいうと小学生くらいの強さがある。それが殺意を持って刃物で襲ってくるので危険は危険なのだが、こっちも刃物を持っているのだからそれくらいは俺でも勝てる。勝てはするが当然血飛沫が飛ぶ戦いになるので戦いたくはないけど。 「え~と、とりあえず装備を…いや、まずはランクアップか」  俺はサ二アを見ながら考えた、まず装備が貧弱だった。さっき危うくはぎとられるのを免れていたそれは冒険者として最低限のものでしかなかった。酒場のマスターに諫められただけで諦めてたくらいだし本当に売ってもお金にはならなそうだった。あれはただの嫌がらせだったのだろう。そんな装備だからゴブリンと戦うのが精いっぱいというのもこの装備のせいかもしれなかった。RPGって装備でだいたい決まるところあるし。ただこのゲームは妙なところで現実に寄せているところがあるのでそう簡単にはいかないかもしれないという危惧はあった。現実的に考えて切れ味が多少良い剣を手に入れたからといってそこまで決定的に戦闘能力が上がったりはしない。鎧が豆腐のように切れる剣とか、剣が銃になるくらい劇的に変われば別だけど。俺もチュートリアで一番いい装備を持っているけどあんまり実感がない。木刀が剣や斧に代わればそりゃあ強いけどそれだけだ。そういうのを実感できるのはもっといい装備からなのかもしれない。となればまずはランクアップだろう。 「ランクアップ? 」 「この世界だと、転職の儀っていうんだっけ? 」 「て…転職!? 私が!? むむむむ無理だ! 」  このゲームではレベルが20になると上級職への転職が可能になる。上級職と言うくらいだから普通の職よりも強くなる。今のゲームだと上級職と言っても下級職の方が使い勝手がよかったりする場合もあるがファミコンの世界に慈悲はない。上級職と言ったら問答無用で下級職より強くなれる。それはキャラも同様で外れキャラはどうあがいても外れキャラだった。サニアのような最底辺キャラは転職も出来ない。一応代わりにランクアップというものが設定されておりレベル10になるともうひとつ上のキャラにランクアップできるのだがランクアップしてようやく普通のキャラ並みの性能になれるだけだ。そして成長はこれで打ち止め。レベル20になっても転職はできない。このゲームは登場人物全員が仲間にできる仕様であり犬や猫も仲間にできるのだが犬や猫は最底辺のキャラなのでサニアは犬や猫と同じ性能と言うことだったりする。 「強くなりたいんじゃないの? 」  まぁ、そこまで強く離れないけどね。 「でもそんなお金とても…」  そういえば転職の儀には教会へのお布施が必要になるんだった。必要金額は300万だったかな。 「でもサニアは転職の儀じゃなくてランクアップの方だから30万ですむよ」 「30万でも無理だ。私なんかが」 「でもこの町の平均収入って30万くらいだよね。稼いだ金を1年間全額貯金すればいけるよ」  チュートリアの中級の冒険者は日給1万の今日俺がやったみたいな仕事を4人パーティでこなす。1週間ぐらい仕事して1週間ぐらい遊んで金がなくなったらまた仕事する気ままなその日暮らしだ。1人2500円を1週間で17500円。1月に35000円。1年で42万。中級冒険者になれば平均年収以上は稼げるというわけだ。これが上級なら金の採掘の10万で10倍稼げるから420万。なんと日本人の平均年収と同じだ。いつものことながらこのゲームは妙なところで現実に合わせてくる。  ちなみに1年が365日なのも1年が12か月なのも1月が30日なのも1日が24時間なのも昭和のゲームのせいだ。つっこんではいけない。 「稼ぎを全額貯金するなんてできるはずないだろう? 」 「でも子供部屋おじさんなら…」  子供部屋おじさんとは家賃食費光熱費もろもろを親に払ってもらい自身は趣味に全力ぶっ放する選ばれし人々のことだ。いや、ちょっと違うかもしれないけど。  まぁこの世界の平民は長屋…賃貸暮らしだから無理なのかな。持ち家を持っているのは身分が上の連中だけだ。考えてみれば現代ほど土地の価値が軽んじられている時代はないかもしれない。 「まぁ30万くらいは俺が立て替えてもいいよ」 「何故貴方がそこまで? 」  彼女はとんでもないと首をぶんぶんと振る。常識があって大変宜しい。やはり彼女を仲間に誘おうと決めた。 「勿論ただじゃないよ。ローンで払ってくれればいいからさ」 「ローン? 」 「この世界は自動販売機もガチャポンもカードダスもあるのにローンは知らないのか? 」 「す、すまない」 「いや別に怒っているわけじゃないよ。世界観が分からないだけで」  俺はサニアにローンの説明をしながらランクアップのため教会に向かうことにした。  ・・・ 「成程ローンとはつまり借金のことなのだな」  サニアは複雑な表情で言った。俺は借金とローンの違いについても詳しく説明したのだが理解は得られなかったようだ。 「お金を貯めるっていうのには才能がいるからね。普通の人間は大金を稼ぐ前に使ってしまう。そこで計画的にお金をやりくりする補助をするのがローンなんだ」 「でも利子があるんだろう? 」 「それは利子じゃなく待ってもらうためのお金だよ。本当は買えないものを前借りしているわけだからね」 「でも実際に何かを買っているわけじゃないのに無駄な出費が…」 「買っているさ。今お金を稼ぐために我慢しなくちゃいけない時間を買っている。その時間を有効活用することによってライバルと差がつくのさ」 「ライバルって、ローンにライバルがいるのか? 」 「人生のライバルだよ。効率よく勉強したり遊んだりできるのは若いうちだけなんだ。その時間を無駄にせずに有効活用することによってより上を目指すことができるんだ」 「う、上…?」  うーむ。なんだかおかしいな。NPCには一度好意的に思われたらずっと好意的に見てくれるはずなのになんだか不信感を与えてしまっているような気がする。どんどんサニアの顔が曇っている。  そういえば昭和って借金とか投資嫌いなんだっけ? バブルが崩壊したから。いやバブル崩壊は平成か。昭和は金を稼ぐことに特化することが汚い人間みたいなイメージを持っていたからだろうか。お金関係なく人に尽くすのが美徳だからサービス残業とかも受け入れられてたみたいだし。でもローンは別腹なイメージがあったんだけどな。某クソガキがでてくる国民的アニメの足が臭い父さんもローンで家買ってたし。けどあれも平成のアニメだったっけか? 昭和と平成がごっちゃになっていけない。 「上を目指したいわけじゃないんだ。ただ家族が食べていけるお金があれば私はそれで」  それとも単純に俺の説明が悪かったのだろうか? 聞きかじりのユーチューバーの受け売りで説明したことが悪かったのかもしれない。確かに冷静に考えると小さな幸せを目指すサニアには俺の話は胡散臭かったかもしれない。 「有難い話ですが、『借金だけはするな。人様の迷惑にはなるな』と亡くなった両親に言われていて…」  ああ、いいご両親ですね…  とは言え何とかお金の前借を受け入れてもらわないとランクアップできない。ランクアップしないと強くなれない。強くなれないと俺の経験値GETのためにならない。WINWINの関係はすぐそこだというのに。  こういう時は相手の身になって考えるのだ。昭和ならこういう時どうやって説得する?  金のない奴は俺んとこに来い。俺もないけど心配すんな。そのうち何とかなるだろう…みたいな? 「実は俺もお金はないんだ」 「え? 」 「でも大丈夫。そのうちなんとかなるから」 「…」  いかん…サニアの顔が能面のように凍り付いてしまった。  よく考えたらこれでは俺は金もないのに必死にローン…借金させようとしていたやばい奴になってしまう。これは不味い。  もうちょっと考えて発言するんだったと後悔したがもう遅い。サニアの不信感が限界突破してしまっている。  考えろ。考えるんだ。ユーチューバーだってオンラインサロンだとかクラウドファンディングだとか称して露骨に怪しい集金してるけどなんか信頼できる感で誤魔化して上手くやっているじゃないか。俺はこの世界ではチュートリアの守護者だとか言われて信頼されているんだ。信頼は財産だ。ユーチューバーにできて俺にできないはずはない。 「ごめん。言い間違えた。実は俺も半年前、この世界にやってきた時にはお金がなかったんだ。でもこの世界で親切な人に出会ってこうやって上手くやっていけている。だからなんとかなるって言いたかったんだ」  自分でも苦しい言い訳か? と思ったがそこはNPC大分態度が和らいだのが目に見えて分かった。 「そんな親切な方が。やはり親切はすべきなのですね。例え100人に裏切られようと1人でも分かってくれる人がいてくれたならやるべきなのです」  いやそれはどうだろう? 100人に裏切られるんなら俺はもう親切なんてしないよ。たぶん。ていうかどれだけ壮絶な人生を送っているんだサニア。やっぱり見かけおっさんと言うのはそれだけ人生をハードモードにしてしまうのだろうか。こんなにいい子なのに。 「そ、そうだね。そうやって親切の輪は広がっていくんだ」  でもいい感じに説得できそうなので今はあえてそのまま話をつづけた。 「俺はその人への恩を君に親切にすることによって返したいのかもしれない。お金は余裕が出来た時でいい。とりあえずランクアップさせてくれないか。どうか俺にあの時の恩を返させてほしい」  歯が浮くセリフ過ぎて体がかゆくなってきたがなんとか我慢する、幸いにしてサニアはすっかり心打たれた様子だった。 「守護者様がどうして私なんかにそこまでしてくれるのかいまだに半信半疑です。ですがそういうことなら必ずや守護者様の力になって見せます」  はぁ、セフセフ…  咄嗟に嘘八百を並べ立てたがなんとか上手くいったらしい。サニアはさっきまでの不信感が嘘のように感極まっている。ありがとう存在しない親切な人。  やっぱり俺はやればできる子なんだよ。  なんかそんな話しているうちに教会についた。  ・・・  教会というのは初期RPGにおいては何かと便利な場所だ。セーブしたり生き返させたり回復したり、そして転職したり。このゲームもその例にもれず転職やランクアップが可能だった。最も転職やらランクアップが導入されるファミコンゲームはファミコンではかなり後期のスーパーファミコンに切り替わる前くらいのゲームに多いらしい。そんなことを山岡君は言っていた。 「そうなんですよ。スーファミがでるのがもう少し遅ければこのゲームは大ヒットするはずだったのに。後世の世でも隠れた名作として語り継がれているはずです」  人の心を読んだようにそう言って俺達を出迎えたのは神父様だった。俺のクラスをこの世界に召喚し、そして銅の剣ならぬファミコンソフトを渡してきた召喚士でもある。何故神父なのかってそれはファミコンは容量が少なくてドットは使いまわしだからだろう。 「おやマサノリさん久しぶりです…ぐはっ」  神父は俺を見るなり吐血した。 「マサノリさん今、思いましたね。『山岡君はこのゲームはクソゲーだって言ってたけどなぁ。ゲームの発売は昭和末期でスーファミの発売は平成2年だから売れなかった理由にスーパーファミコンは全然全く関係ないよ。関係なくクソゲー評価だよ』て思いましたね。なんて酷いことを。言葉はナイフなのですよ。見えない暴力なのです。繰り返しDVを受けてしまう女の人も言葉の暴力により男を傷つけてしまうのが原因の場合もあるので気を付けよましょうって美輪さんも言っていました」 「神父様、勝手に人の心読んで吐血しないでください。ていうか美輪さん誰ですか? 」 「美輪明宏さんです」 「いや知ってますけど。言わなくていいです…」  際どいネタはやめてほしい。面倒くさい。  面倒くさいと言えばさらにに面倒くさいことに神父は勝手に人の心を読んで精神的ショックのすえ吐血する癖があった。神父で召喚士で心まで読めるこいつは一体何キャラなのだろう。召喚士だから何か神秘的な力を持つ設定のために心を読めるキャラにしたからこんな面倒くさいキャラになったのだろうか? まぁ心を読もうと思っていなくも心が読めるらしいので可哀そうな面もあるけれど。  ゲームのキャラはNPCだから良くも悪くも裏表がない。良いキャラは心の中まで良い人だし。悪い奴は普段の言動から悪い奴なので心の中が読めてもショックは受けない。けれど人間は表向きは友好的でも裏では何を考えているのか分からないのでショックのあまりこうなるのだという。 「人間怖いです…」  神父は教会の祭壇に隠れながら言った。ファミコンならいちいち変わったリアクションなどせずに同じセリフを繰り返してもらいたいものだった。おおマサノリよしんでしまうとはなさけない。返事がないただのしかばねのようだ。スタコラサッサー。みたいな? 「マサノリさん貴方…」  俺の心の声が聞こえたのか神父はぎょっとした目で俺を見た。 「貴方思いましたね。『ゲーム自体は町の人を仲間にできたりランクアップ出来たり挑戦的な試みはあるが如何せんマップが少なすぎる。最初のダンジョンで終わってしまうのがクソゲー扱いされている一番の原因だ』そう思いましたね? でも待ってください。それには理由があるのです。このゲームが短いのはこの世界のシステムを説明するに終始しているからなのです。続きは召喚されて君の目で確かめてというコンセプトによるものなのです」 「どこかの攻略本みたいなことを…」  このゲームがシステムの説明に終始しているのは薄々感じてはいたことだった。こんな感じで仲間にできますよ。転職できますよ。魔法がありますよと覚えることは多いのに肝心の冒険するところが少なかったからだ。ゲームの中に召喚されたというより、この世界に召喚するにあたってどういう世界観なのか説明している感じだった。彼はゲームの中に召喚されたと言っていたけれどもしかしたら逆なのかもしれない。  でもまぁ冒険するマップは少ないけど敵がいきなり強くなってまともに進もうとするとひたすらレベルアップを強いられるので客観的に行ってクソゲーなのは疑いようがなかったけれど。 「だって転職システムの説明しようとおもったらレベルあげないといけないじゃないですか。でもマップ少ないじゃないですか。だったらいきなり敵強くしないといけないじゃないですか」  俺の心の声に抗議するように神父は言った。 「いやいや簡単にレベル上がるようにすればよかっただけでは? 」 「いやだなぁマサノリさん。そんなことしたらただのクソゲーになっちゃうじゃないですか」 「そんなことしなくてもクソゲーって言われてるけどな! 」  召喚初日にゲームを渡された俺達は地獄のレベル上げをする羽目になった。これがただのゲームなら投げ出してしまえばよかったのだが、このゲームがこの世界そのものだというのなら予習しないと命に係わる。投げ出すことは許されなかった。この世界はなんと単調なクソゲーなのだろうと思いつつ、でもいきなり強い敵が出てくるハードモードに戦慄しつつゲームしたものだった。まぁ実際はそんなことなかったけど。 「ゼウス様いつもここにおられるんですね」  当時のことを思い出して憂鬱な気分になっていた俺の横でサニアが何気なくそう言った。 「ゼウス? それが神父の名前か? 神父って神様だったの? 」  ゼウスと言ったらギリシャ神話の最高神の名前だ。このゲームはそこまで考えてなくて神っぽい名前だからでつけられてそうだけど。  でもそれなら神父は神だっていうことになる。神父の姿してるのに。 「そりゃいますよ。教会ですもん」  神父は自身が神であることを否定しなかった。どうやら本当に神様だったらしい。召喚されて半年たって知る衝撃の事実だった。召喚出来たり心が読めるのは神だったかららしい。なるほどそう考えればつじつまが合う。それならそうと説明してくればいいものを。  この不親切さもファミコンだからなのだろうか? そういえば「ファミコンはゲームの説明は取説でしてくることもあるからね」とか山岡君も言ってた気がする。 「教会に神様がいなかったら何処にいるっていうんです? 」  おずおずとサニアが答える。 「えっと…天界とか? 」 「そんな容量ファミコンにはありません」  ファミコンというかこのゲームにないだけだろう。マップ少ないからクソゲーされてるこのゲームに。ていうかこの世界の住人のサニアにファミコンとか言っていいのだろうか? 「あの? ファミコンとは何のことですか? 」  案の定サニアが訊ねている。  ゲームが先にあってこの世界ができたのかこの世界が先に会ってゲームができたのかは分からないがサニアがこの世界のアカシックレコードに触れようとしている。この世界が定価5800円の世界と知ったらサニアの精神が崩壊してしまうかもしれない。 「ファミリーコンピーターの略です」 「普通に説明していいのか? 」 「してもどうせ分かりませんよ。それにしても」  ゼウスは上から下までサニアをじろじろ見ながら言った。 「マサノリさんもようやくパーティを組む気になったのですね。最初はゲームが難しくて理解できない特殊学級の子が混じりこんでいるのかと思いましたがようやくゲームの使用に気が付いてもらえてなによりです」 「やめろ。それは今の時代にコンプライアンス的に不味い」 「でもその子は弱いのでお勧めできませんよ。最低ランクのキャラです」  しかも本人の前で弱いとか言い出してるし。最低じゃね? 「私が弱いのは事実だから…」  とはいいつつも可哀そうにサニアはショックを隠せていないようだった。 「もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないか? 」  思わず俺は苦言を呈した。 「しかもものすごく不細工ですね。弱キャラでも可愛い子囲ってハーレムプレイしたいわけではないというのは分かりますが硬派気取っても弱かったら何にもなりませんよ」  おい…  神様がそんな差別的な発言を連呼していいのだろうか?  ゼウスのあまりの自嘲しなさに頭がくらくらしてくる。 「何を言ってるんです? 不細工ってめっちゃ美味しいじゃないないですか。弄ってなんぼですよ。笑いがいっぱい取れますよ」 「ああ…」  そうだった。このゲームは価値観が違うのた。俺はようやくそれに思い当たった。だって昔のゲームだから。 「現実を知ることも大切だと思いますけどね。嫌なことから目を背けていては何も解決しません。状況が苦しくなるだけです。幸いこの世界にはうつくしさの種というアイテムもありますし」  なんか身もふたもないことまで言い出している。確かにアイテムで美しさは上がるけどなかなか手に入らないアイテムだ。ゲーム内での値段もものすごく高いので一介のモブキャラが簡単に手に入るアイテムじゃない。  それに時代が昔でも弄っていいキャラとそうでないキャラの区別はつけていたはずだ。  普段ふざけて笑いを取っているキャラなら弄ってもいいかもしれないけど、そうじゃない真面目な人は弄ったら虐めになってしまう。それは時代とか関係ないはずだ。 「なるほど…」  ゼウスは俺の心の声に勝手に感銘を受けているみたいだった。なんか勝手にうんうん頷いている。 「まぁそれはそれとして」  そしてゼウスは話をそらすように言った。 「今回はどういうご用件ですか? 」  突っ込んでおきたいことがいくらでもあったがそんなことが目的で来たわけではないのも確かだった。俺達はランクアップするためにここまでやってきたのだ。ゼウスの誤魔化しにのるのは癪だがこれ以上不毛な会話をするのも馬鹿馬鹿しい。俺はゼウスの話に乗ることにした。 「実はランクアップしてもらおうと思って」 「マサノリさんがですか? レベルが20に達していないので無理ですよ。転職はレベルが20になってからです」 「いや転職じゃなくランクアップだ。俺じゃなく彼女をね。ランクアップはレベル10で可能だろう? 」  俺はそう言ってサニアを指した。  サニアは緊張した面持ちで「よろしくお願いします」と頭を下げている。  ゼウスはそんなサニアを怪訝な顔で見つめる。 「やれやれマサノリさん。貴方はちゃんとゲームをやったんですか? いつまでもこの町を出ないと思ったら今度はこんな外れキャラをランクアップさせたいだなんて。マサノリさんは知らないかもしれないから教えてあげましょう。弱キャラはいくら育てても無駄ですよ。弱いままです。最初なのでサービスして良いキャラを教えてあげましょう」 「おいい…」  本人の前でなんとデリカシーのない。  例え本当のことでも神から直々に外れキャラ呼ばわりされたサニアがまた涙目になっている。ていうか神様から言われたから余計にダメージうけている。 「さっきお前は不細工なのはうつくしさの種でどうにでもなるって言ってたけどその発言にフォローはあるのか? まさか言いたいことだけ言って終わりってことはないだろうな」 「弱キャラは戦わなければいい。簡単なことです」  それはそうかもしれないけれども。 「しかしそれでは金が稼げないだろう? 」 「ダンジョンに潜るなんて危ないことは止めて真面目に田畑を耕して地道に働くんですね。才能ないのに戦えって言う方が残酷じゃないですか? 」  それはそうかもしれない。そうかもしれないけれどももっと言い方と言うものがあるだろう。神様にそんなこと言われたらショックのあまり自殺しかねないぞ。 「自殺は罪なので地獄行きです」  本当にね。救いはないのですか… 「わ、私だけならそうやって生活できるが弟妹もいるから無理だ」  おずおずとサニアがゼウスに反論する。町娘に過ぎないサニアが神に反論するとは中々の覚悟だ。それだけ追い詰められているということだろう。そりゃあ神様にこんなこと言われたら追い詰められもするか。 「嫁入りしようにも体を売ろうにも私はこの通りの見た目。このままでは人買いに妹を売らなくてはならない。それを回避するには私がダンジョンに潜って稼ぐしかない」 「でも現実問題としてそれは無理だったでしょう。貴方の妹は人買いに売られる定めなのです。でも安心してください。本人の努力があれば抜け出すこともできるでしょう。神を信じ信仰の道を進みなさい。さすれば救いは訪れるでしょう。まぁ真面目に信仰していたら信仰していたで『お前本当に信仰してるのか?』と試すために更なる試練を与えて不幸のどん底に突き落とし…もとい試練をあたえますけどね」 「そ、そんな…」  サニアは絶望してガックリと膝をついた。  確かにこのゲームは現実に寄せている部分はあるけどそんなところまで寄せなくても。元ネタはヨブ記だろうか。神様を信仰していたら神様が「ほんまかぁ?」とどんどん不幸を与えていくヨブってやつの話だ。そんなことばっかりしてるからゲームでラスボスにされたりするんだぞ神よ。 「何と言われようと俺はサニアを仲間にすることにしたよ。30万払うからとっととランクアップしてくれ」  所詮神様とは言えNPC.俺は諦めてそう言った。神様が助けてあげないなら俺が助けるしかないだろう。サニアのランクアップについては打算しか考えていなかったが男気スイッチが入ってしまいそうだ。どうせお金はあるしちょっとくらいあしながおじさんをやってもいいかもしれない。 「ふふ。良かったですね。マサノリさんのような良い人に会えて。これも神を信仰したたまものですね」 「お前勝手に乗っかってくるなよ…」  俺はもう呆れて開いた口がふさがらなかった。  ・・・ 「鉄のつるぎ。鉄の胸当て。鉄の盾。鉄の兜。全部合わせて80万円になります」 「たっか」  俺は思わず声を出していた。  俺は戦士職じゃないから鉄の装備一式は装備できない。だからサニアの為に初めて一式そろえることになったのだが結構な値段になってしまった。こんなことならダンジョンに行ったとき見つけたアイテムを売らずにとっておくんだった。鉄の装備どころか鋼や銀の装備も見つけたことがあったのだが装備できないから売ってしまった。チュートリアは初めの町だけあって大したものないから俺の今装備してるのもほとんどそのアイテムだ。ちなみにダンジョンには宝箱の代わりにガチャガチャがあり回してアイテムをゲットする使用になっている。 「やはり全額払ってもらうのは悪い…」  思わず高いって言ったせいからかサニアが遠慮してそう言った。 「高いって言ってもまだ余裕はあるし出世払いでいいから」  俺は安心させるように言った。出世払いでいいから。そういう金銭の貸し借りに厳しい彼女も簡単におごらせてもらえるようになった。こんなことなら初めからこう言うんだった。特に返してもらおうとも思ってないけど後々返してもらったら「これは兄弟のために使いなさい」とか言ってお金を返してクールに去るのもいいかもしれない。いやぁいいことするのは気持ちいいね。まだやってないけどね。  だけど女に金をポンポンお金を払っているこの状況は客観的に見るとパパ活ってやつなのでは?  なんとなくそんな疑問が浮かんだがそれは全く見当はずれだろう。  ランクアップしたサニアは職業が戦士になりレベルは1に戻った。サニアにはこれから一人で戦ってもらわないといけない。俺と一緒にいると弱い敵としか遭遇しなくなるからだ。そしてレベル20になったら俺と一緒にパーティを組んで俺をレベル20まであげてもらわないといけない。ランクアップ費用30万と装備80万で110万。そのためには必要な投資だった。決して慈善活動だけではないのだ。そのための危険手当てのようなもの。命の危険があることを考慮すればむしろ安いかもしれない。  そう考えると逆に俺は悪い奴か?  俺はそう思ったが、このままいけば俺は親切なチュートリアの守護者様としてサニアに感謝されるだろう。まさにWINWINの関係だ。サニアは運よく戦士職になれたのだし運はこっちに向いている。別に誰も損していないのだし何の問題もないはずだ。  うんそうだ。そういうことにしておこう。  俺は自らを納得させるべくそう思った。 「それでは行きましょう」  サニアは気を引き締めるように言った。 「そうだね」  俺は頷いた。  まぁ、行くのはまずはサニア一人だけだけどね。
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