『アルフォンス将軍の事件簿――男爵令嬢殺害事件――』

2/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 ラヴェル・フライハイトは、アルフォンス・リードリンガー率いるカレドニア王国軍主力の一角、『銀鳥(ぎんちょう)隊』の副隊長である。  品行方正とまでは言いがたいが、明朗で真面目な性格をしており、屈託無い笑顔で味方を鼓舞する事に長けた男だ。なおかつ、騎士として国に捧げる忠誠心は、隊長であるアルフォンスすら凌駕する。  戦闘となれば魔獣グリフォンを駆り、隊の先鋒として飛び出し、一番槍を挙げた数は恐らく『銀鳥隊』が結成されてより一年半の中でも最多であろう。  その彼が、ある日突然捕縛された。  罪状は、婚約者の殺害。  カレドニア文官のエインズ男爵の娘であり、ラヴェルの許婚(いいなずけ)であるメアリ・エインズは、自宅のテラスにて、彼と二人きりで午後の茶会を楽しんでいる最中、突然苦しみ出し、血を吐いて倒れ、そのまま目覚める事が無かった。  父親である男爵が娘達に気を利かせて、人払いをしていた事が裏目に出、現場の目撃者は皆無。当然、ラヴェルがその場で逮捕された。  彼は犯人ではない。アルフォンスにはその確信があった。しかし、手元には一切証拠が無い。ラヴェル自身から手がかりになる情報を聞き出す為、三日間待っていたのだ。  そして、彼から『手がかりになる情報』を無事回収したアルフォンスは、一旦自宅に戻ると、少年には不似合いなバスケットを手に、エインズ男爵の邸宅へ向かった。 「『銀鳥隊』隊長自らおいでになるとは……」  青天の霹靂のごとく愛娘を失った男爵は、すっかり意気消沈して、肩を落としながらアルフォンスを招き入れた。いつも会議の場では大音声の理論で相手をねじ伏せていたのが嘘のよう。まるで勇敢な魔獣(グリフォン)が雨に濡れそぼったかのごとき縮みっぷりだった。 「この度は、我が隊員が多大なるご迷惑をおかけした事、ご心痛お察しし、申し訳なく存じます」  アルフォンスは右手を左胸に当てて深々と低頭し、謝罪を述べる。 「リードリンガー将軍が詫びられる筋合いはございません。全てはあの男のせい」  男爵は怒りを押し殺した表情で歯噛みし、ぐっと拳を握り込む。しかし、流石は数十年、舌戦に勝ち続けた男。すぐに平静を取り戻すと、 「とりあえず、中へ。お茶をご用意いたしましょう」  とアルフォンスを促す。だが、少年騎士は掌を向ける事でそれをやんわりと断る意志を示し、「ところで」と男爵に問いかけた。 「マデリーンお嬢様は、いかがしておられますか」  いま一人の娘の名前を出され、男爵は虚を衝かれたように目をみはる。 「妹が死んだ事に、相当衝撃を受けているのでしょう。部屋にこもりがちになっておりますが……」 「あら、わたくしなら大丈夫よ、お父様」  エインズ男爵が口ごもっていると、ホールの階段上から、やけにはずんだ声が降ってきた。アルフォンスは男爵の肩越しに踊り場を見上げる。 「まあ! リードリンガー伯のご子息様ではありませんの」  ラベンダー色のドレスをまとい、(とき)色の髪はきっちり結い上げて、化粧も施した、十九から二十歳かという女性が、紅の塗られた唇をにい、と持ち上げた。彼女がマデリーンだろう。妹を亡くして衝撃を受け、部屋にこもっていたとは、到底思えない姿だ。王都にさえ貧困層が多いカレドニアで、これだけの贅を尽くした格好は、そうそうできまい。 「伯爵の位は、父一代の栄誉。父亡き今、自分は一騎士に過ぎません」 「またまた、そんなご謙遜をおっしゃって」  アルフォンスが真顔で言い切ると、マデリーンは鳥の羽で作った扇を口元に当て、ほほ、と笑った。 「それで」  切れ長の瞳が細められ、媚を売るような流し目がアルフォンスに向く。 「わたくしの事を心配してくださるとは、『銀鳥隊』隊長様は、部下の不逞を恥じて、お慰めにきてくださったのかしら?」 「そう思っていただいて構いません」  少年騎士の言葉に、令嬢の瞳があからさまに喜びの光を帯びた。身内が死んでいるのに、まったく、父親とは正反対の心情を見せつけてくれる女性だ。 「では、テラスへご案内いたしますわ。戦場(いくさば)でのご活躍を聞かせて?」  マデリーンはうきうきと軽い足取りで上階へ向かう。アルフォンスは「お邪魔いたします」と男爵に頭を下げると、彼女に案内されるままテラスへと出た。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!