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MISSION③〜不整脈〜
真那が休みの前日、風我は部屋から大きなキーボードをリビングに持ってきてピアノの練習を始める。
おもちゃのちゃちゃちゃ。
いぬのおまわりさん。
ちょうちょ。
懐かしく可愛い曲を楽しそうに長い指が奏でる。
つい一緒に口ずさむ真那を風我がニコニコと見守る。
「真那ちゃんの声、俺好きぃ」
「え?」
「高くもなく低くもない心地いい声」
「そ、そう?」
「もっと歌って」
歌ってと言われると歌いにくい。
途端に口ごもる真那を見て、また風我が笑う。
外見を褒めると呆れた顔をして否定するくせに、容姿以外を褒めると照れるのは昔から変わっていない。
ぱっと見は地味に見えるが、くっきりとした二重にすっと通った鼻筋、顔のバランスに合った少し厚めの唇。
真那は整った美人だと、大人になった今思う。
つけまつ毛をし、キラキラのラメをつけ、宇宙人のように黒目を大きくした、これまで自分の周りにいた女の子とはまるで違う。
落ち着いたゆっくりとした話し方、ガサツじゃない丁寧な所作。
飾るだけ飾った部屋ではなく、色味を白とベージュで揃え使いやすく片付けられた部屋もそれを物語っていると風我は思う。
中学生になった頃、風我とよく絡む真那は度々思春期の同級生たちの話題になり、紹介してくれと何度も同級生に頼まれた。
自分たちより大人な年代、しかも真那はおおっぴらではなくひっそりと人気だった。
紹介するのをのらりくらりとかわしながら、風我は密かに優越感を感じていた。
そして自分もまた女の子からよく声をかけられるようになったものその頃から。
同級生もあれば先輩からも誘われた。
身体を重ねることに抵抗はなかった。
むしろ抱き合うことは好きだったかもしれない。
一人じゃないと感じられることがその頃の風我には必要だった。
真那が就職で離れ、ぐんぐんと背が伸び、真那にすっぽり抱きすくめられていた自分はもう遠い過去になっていたのに。
まさかこうして一緒に暮らすことになるとは─────
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