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「あれぇ?真那ちゃん?」
「………わかった。とりあえず今日のところは泊まっていいから」
「やったぁ」
出来るなら何も考えたくない。
何もしたくない。
ただ布団にくるまって横になりたい。
エレベーターに乗り最上階の階数を押す。
ゆっくり静かに登っていくエレベーター。
チンと軽い音を立てて最上階についたエレベーターのドアが開くと、肌寒いくらいの風がふわりと頬を撫でた。
「最上階って気持ちいいねぇ、真那ちゃん」
他の階とは違って最上階の部屋の間取りは広く、その分家賃は高かった。
内覧の時にここに決めたのはキッチンとお風呂の広さ、そして駅から離れているからか周りの建物に遮るほど高い建物がなかったこと。
遠くに見えるビル街の灯りがちらちらと煌めく。
ここに来るとよく彼も夜景を見ていた。
「今日はソファで寝て」
「えー?ベッドはぁ?」
「二つもベッドがあるわけないでしょ」
「俺は真那ちゃんと一緒でもいいけどぉ?何も起きないしぃ」
語尾が伸びる喋り方がイライラをつのらせる。
「どうせ…」
「ん?なんて言ったの?」
「どうせ!私なんて何の面白みも、色気も可愛げも、守りたみもないわよ!」
「なんて?まもりたみ?ってぇ?」
元々大きな目をさらに開いて風我が真那を見つめる。
背負っていた大きなリュックをよいしょと床に置いた風我は大きな手で真那の頭をよしよしと撫でて顔を覗き込む。
昔真那より遥かに小さな手で真那の頭を一生懸命撫でてくれた時のように。
「真那ちゃんは昔から頑張り屋さんだからなぁ。まだそのまんまなの?」
「ちが…」
「もうちょっと力抜いて、手も抜いたって大丈夫だよ。真那ちゃんだけが頑張んないと世界が回らない訳じゃないんだからさぁ」
「なんにも、知らないくせに」
「そーだよー。だから無責任に俺は真那ちゃんを慰めるだけぇ」
よしよしと背中を撫でる大きな温かい手。
ぽろりと転げ落ちた涙を追って、あとからあとから溢れてくる水滴はもう止められなかった。
「限界まで一人で頑張ってプチンで切れちゃって泣いちゃうの、全然変わってないじゃん」
「う、るさい」
「真那ちゃんはさー、いつも頑張っててカッコ良くて一人で何でも出来るけど、たまにこやって一人で泣いてるの俺がいっつも見つけてたよねー」
「そ、だっ、け」
「そーだよー」
そういえばそうだったかもしれない。
何でも出来た訳じゃない。
やろうとして何度も失敗して悔しくて一人隠れて泣いてる時、必ず風我が探しに来て泣き止むまで側に居てくれたんだった。
「あの頃の真那ちゃんはさー、俺のお母さんでお姉ちゃんで妹みたいだったんだよねぇ」
いつの間にか風我の胸の中だった。
強く弱くもなくふんわりと抱き締められる腕の中で止まる気配のない涙を流す。
「今日俺来て良かったねぇ」
「なんで、」
「だって真那ちゃん一人で泣かさなくてすんだから」
「な、く時は、一人でしょ、だいたい」
「違うって」
風我が湿ってしまったスエットで真那の濡れた顔をぽんぽんと押し付けるようにして拭くと笑う。
「泣きたい時こそ誰かと一緒にいなきゃ。涙や鼻水拭いてくれる人がいた方が元気になれるじゃん」
「………だから、小さい時も側にいてくれたの?」
「そーだよ。真那ちゃんを元気に出来るのは俺の特権だと思ってたから」
「………女たらし」
「そんな褒めなくてもいいのに」
「褒めてないから」
「あーれー?」
鼻から抜けた笑いはすぐにまた涙に飲み込まれる。
悔しい。
寂しい。
別れたくない。
どれ一つ言えなかった弱くてズルい自分。
好きだと言ってくれた自分のままでいたくて、でもどれが本当の自分か、彼が好きだと言ってくれた自分はどんな自分なのか、
一度も聞けずに頑張って大人の女性でいた。
冷静に、真面目に、はしゃぎすぎず、頼りすぎず。
選ばれるのはいつだって、あざといのにあざとく見せないように振る舞える本当は賢い可愛い女性。
いつか自分のままで、頑張らなくても良いと抱き締めてくれる人と出会えるのだろうか。
「真那ちゃーん、俺腹減ったんだけどぉ」
「……うるさい」
「カップ麺でもいーからさー」
風我の腹がなる。
目を合わせた二人は一緒に噴き出した拍子に額を強かにぶつけた。
「いった」
「相変わらず真那ちゃんは石頭なんだからー」
「お帰りはあちらです」
「あ、うそうそ!!」
一人じゃなくて良かった。
可愛い守ってあげたいと寄り添った弟のような子が軽い男に変わっていたとしても、
こんな夜に一緒にいてくれてよかった。
ようやく乾いた頬を手の甲で擦ってから真那はジャケットを脱いで肩を軽く回す。
明日からも動ける元気をくれた弟に夕飯を用意するために───────
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