三ヶ月前、旅先にて

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三ヶ月前、旅先にて

赤信号で停車した時、バックミラー越しに後ろの車の様子が見えるのは何も珍しいことではない。 助手席の女性がもじもじしながら運転席の男性の方へ身体を傾けているのが目に入って、ついそのまま観察を続けてしまう。 すると、運転席の男性も半身を捻り女性と口づけを交わしていた。男女が並んで座っていれば、夫婦関係か恋人関係かのいずれかと相場は決まっている。キスをする仲のいい夫婦もいるかも知れないが、おそらくは恋人同士。たぶん付き合いたてだろう。 あらまぁ、初々しいことで。――なんて生温い笑顔でやり過ごせる余裕は今の私に一切無い。二人の関係性がどちらでも、どうだっていいのだ。 「けっ、家でやれよ」 鼻息を勢いよく噴出させ、ハンドルを爪の先でトントン言わせながら悪態をついた。信号が青になったのを確認すると、すばやく左右の安全確認をしてアクセルを一気に踏み込む。これから高速道路に入り長距離ドライブになるというのに、荒ぶってはいけない。カーラジオから流れるラジオパーソナリティの聞き慣れた声に耳を傾けていると、だんだんと心は凪いでいった。 目的地は河口湖の湖畔にある『ホテルKAWAGUCHI』である。本来ならば彼とふたりで名所を回り、温泉に癒され絶品料理を味わう一泊二日の旅行になるはずだった。一人で行くことになったのは、彼の浮気癖に我慢がならなくなり自ら別れを告げたからだ。 別れたのは旅行の二日前。キャンセル料を全額支払うくらいなら、二人分の宿泊費を払ってでも急用で来られなくなったと頭を下げる方がマシだと思った。
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