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俺の両親は能面のお面を被っている。 それが俺の両親に対するたったひとつの感情だった。 生まれてから11年、俺は両親から笑顔を向けられた事が一度もない。 もしかしたら俺が覚えていないだけでうんと小さい、それこそ生まれたばかりの頃にはあったかも知れない。 だけど今は笑顔どころか会話すら録にない。 両親は忙しかった。 会社を経営する父親は家に帰る事も滅多にない。 母親はそんな父親への愛情は等の昔に無くしているらしく若い男との遊びに夢中でこちらも父親程ではないが家に帰らない事もざらだった。 寂しいなんて感情はとっくの昔に無くした。 むしろ両親がいないのが当たり前だった俺に寂しいという感情は無いに等しかった。 母親が雇っている家政婦が家事をしてくれるし学校からの保護者に宛てたプリント類も家政婦に渡したら母親へ届く様になっていたため、日常の生活で困る事もなかった。 2、3ヶ月に一度義務の様に家族で食事をする事があるけれど、それは家族団らんとは程遠いものだった。 会話もなく静かな空間でただひたすら食事を口に運び咀嚼する。 カチャカチャとナイフやフォークの音だけが耳障りな程静かな空間に響き渡る。 テレビで見るような笑顔と会話で溢れる食事風景なんて幻想だと本気で信じていた。 食事が終わり席を立つ父親は、最後にいつもひと言だけ俺に残していた、 「お前は私の金を有意義に使って勉強してまともな人間になれ」 そうひと言残して父親はリビングを出ていく。 続けて母親も席を立ちこちらは何も言わずにリビングを出る。 ただひとつ、父親と違うのはリビングのドアを開けながら小さな声でポツリとこぼす独り言、 「……ほんと、嫌みったらしいわねあの男」 その言葉だった。 それが自分に向けられた言葉ではなく父親へ吐き出した言葉だと理解はしていた。 経営者として夫婦で出席するパーティー等もあるためどれだけ夫婦仲が冷えきっても離婚なんて出来ないのだろう。世間体もある。経営者という立場上簡単にはいかないのだろう。 だけど、自分が稼いだ金で好き放題遊び回り不倫相手に貢ぐ戸籍上の妻に対して何かしらひと言嫌みのひとつも言いたかったのだろう。 俺を通して伝える妻への嫌み、 それが俺へのたったひとつ投げ掛けらる言葉だった。 こんな両親の元で育った俺がまともな人間になるはずがなかった。 ……いや、両親は関係ないか。 だってあんな母親の元で育った柚葉はあんなにも真っ直ぐでただひたすらに愛情に恋い焦がれて、いつか自分も愛を手に入れると信じていたんだから。
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