3話 不仲と進展

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3話 不仲と進展

 あの事件から半月が経つ。  ジョージは掃除以外でもこっそり魔法の練習をしていたお陰か、魔力操作自体はできるようになってきた。しかし、未だ感覚の違和感は拭えない。 (魔力量が増えたのはいいが、身体は前以上に疲れる……質も変わるって言ってたし、まだ馴染んでないのか……?)  今までと何もかも違う中で、なんとか通常授業程度なら出来そうだ。  本日は1限から他クラスとの合同実習であるため、理科室へ向かう。その入り口で、マーカスが目に入った。  話しかけようとして、困ったように目をそらされ、何処かへ行ってしまった。  あの迷い森のあとから、ずっとこの調子だ。マーカスはまだいい、問題はハリソンだ。  話しかけようとしたら思い切り睨めつけた後、逃げられる。  あんな事があったのだ、避けられるのも無理はないとはいえ、いい気はしない。  ハリソンとマーカスは一緒に行動しているというのに、何故、自分だけが避けられるのか。  苛立ちが募るも、今はそれどころではない。  教室に入り、空いている席に腰を下ろす。合同授業なだけはあり、いつもより人が多いぶん、ざわめきも大きい。他クラスのリリィも居るはずなのだが見当たらない。 (あいつサボりやがったな……) 「皆さん、定刻になりました。授業を始めます」  よく通る声でステイシーは号令を出した。生徒はバラバラと席に戻りながら、教科書を開く。 「今日はこの瓶の中にいるハリペヴィを起こさずに取り出しなさい。但し魔法でおこなうこと」  ステイシーは瓶を掲げる。その中には白い毛に覆われた掌より小さい鹿のような生き物が、体を丸めてスヤスヤと寝ていた。 (うわっマジかよ!タイミング悪いな……)  ジョージは内心かなり焦った。それは精密な操作が必要な内容だからだ。ハリペヴィは眠りが浅い上、魔力のブレに敏感である。 「それでは―マシュー、お手本を」 「はい、先生」  ジョージの隣に座っていた生徒が、スッと前に出た。彼は癖のある黒髪で、左眼には黒い眼帯をしている。 『エオーリシ』  マシューが唱えた途端、ハリペヴィはフワフワと浮き上がる。マシューは手の上にハンカチを敷いたかと思えば、その上にハリペヴィを乗せた。  その見事な技に、生徒たちは釘付けになり、ハリペヴィを起こさないよう、小声で盛り上がった。 「すげぇなマシュー!」 「そうかい?ありがとう」  マシューと呼ばれた少年は、にこやかにクラスメイトへ微笑んだ。  マシュー・エヴァンスは名家の次男である。成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能と、非の打ち所がない生徒だと、初等部の頃から有名だ。   同じ初等部からの生徒だとはいえ、同じクラスになったことのないジョージにとっては、学校の有名人程度の認識だった。  相変わらずよくやるよな、と他人事のようにぼんやりと眺める。 「流石ですね、ありがとうマシュー。では、各自デスクの上にあるハリペヴィを取り出してください。起こした者は私を呼んでください、また眠りにつかせますので」  その合図とともに、生徒たちは目の前のハリペヴィに魔法を唱え始める。なかなかマシューのように上手くはいかず、起こしてしまう生徒は大勢いた。5分もしないうちに、教室の中はハリペヴィのピーピーといった鳴き声が響き渡る。  ジョージは眉間にシワを寄せた。杖を持つものの、緊張してしまう。ここで失敗すれば、ステイシーなど勘付かれそうだ。かと言ってこのまま何もしないのも目立つ。 (どうする……体調不良でフケたほうが無難か……?いやでもこの手は危険だ)  欠席は平常点を大きく削られる。ただでさえ数回休んでいるのに、これ以上休むわけにはいかなかった。こんなことで退学だなんて考えたくもない。他に何かいい手はないだろうかと頭を抱えた。 「どうしたの、ジョージ」  突然、隣に座っていたマシューに声を掛けられた。ここ数年同じ学校に通っているとはいえ、彼が自分の名前を認識していたことにまず驚いたが、彼ほどの人格者ならありえなくはない。ジョージはやや現実逃避めいた感想を抱いた。 「あーいや……どうも調子が悪くてな」   連日多様した言い訳をつい口にしてしまう。さすがに無理があるか?と思いマシューの顔を覗くも、丁度眼帯しか見えず、うまく表情が伺えない。 「それなら休んだほうがいいんじゃないかい」 「いや、そういうわけにはいかないだろ。単位もあるし」  マシューは「そうだけど」と、食い下がる。勘弁してほしいところだが、ここで怒鳴っても怪しまれてしまう。 「今は大丈夫だ、無理なら保健室いくからさ……ほら、お前も集中しろよ」  会話を無理矢理終わらせ、自身も目の前のハリペヴィに目を向ける。 瓶の中で鼻提灯を出しながらスヤスヤと眠るハリペヴィは、ジョージの目には羨ましく映った。 (失敗するかもしれねぇが、やるか……) 『エオーリシ』  詠唱に反応して、ハリペヴィはふわふわと浮く。しかし安定感はなく、上下にガタガタと揺れてしまう。ハリペヴィも居心地が悪いようで、鼻をひくつかせながら身動きをしはじめた。 (まずい、もう一度詠唱を) 『エオーリシ』  呼吸をなるべく落ち着かせ、再び詠唱をするも、肩に力が入ってしまう。 ガタガタと瓶が揺れ始めたかと思えば30cmほど高く上昇し、パリン!と音をたてて割れた。  バラバラと散らばった硝子の上にハリペヴィが落ちそうになる。まずいと思い手を差し出すジョージ。 『エオーリシ!』  しかし、それより早くマシューが詠唱を唱える。お陰でどうにかハリペヴィは怪我をせずに済んだ。 「どうしたのですか、マシュー、ジョージ」   遅れてステイシーが様子を見に来る。散らばった硝子とピーピーと鳴くハリペヴィを見て、無事であることを確認した。 「いや、俺が瓶割っちゃって」  ジョージがしどろもどろに説明をする。怪しまれるか心配で冷や汗が出てきた。しかしステイシーは特段怪しむ素振りを見せず、「気をつけてください、硝子は片付けておくこと」とだけいい、ハリペヴィを寝かせ、新しい瓶に入れた後、また別の生徒の所へ向かった。 (危なかった、難しい授業だから逆に怪しまれなかったのか?)  ジョージは冷や汗を拭いながら、マシューの方へ振り向く。 「悪いな、マシュー。助かった」    「いや、怪我しなくてよかったよ……ねぇジョージ。 ?」
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