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「……。」
味を嚙み締めるかのように、時々頷きながら黙々とビーフシチューを食べるジョージを、友人達は半ば呆れ顔で眺める。
ふと、ハリソンが「そういや」と話を切り出した。
「聞いたか、あの噂」
「噂?」
「迷い森だよ」
「迷い森って学園内にあるあの森?それがどうかしたん?」
ステーキを頬張りながら尋ねるマーカス。ハリソンは周囲を確認しつつ、二人に顔を近づけた。話半分に聞いていたジョージもスプーンを止めて身を寄せる。
「あそこには、人を喰らう魔法生物がいるらしい」
あまりに荒唐無稽な話に、二人は同時に背もたれへ倒れる。
ジョージが再びスプーンを進める傍らで、マーカスはテーブルに肘をつけながら指をさして笑った。
「お前、人を喰らうって!いくら強い魔法生物を飼っているからって、そんなやべーのいるわけないだろ。ここ管理厳重だし。」
その反応が心外だったのか、広げた両手を上下に振りながら声を荒げる。
「いやマジだって!半年前から行方不明が出てるらしいんだよ!」
「学園の?」
「学園のじゃねよ、学外だ。この街じゃ人が一人減ったって誰も気づかない。」
そうは言っても、と中々信じない友人と食後の紅茶を飲み始めた友人に対し、眉間に皺が寄る。しかし突然、はっとした表情で眼を光らせた。
「……お前ら、そこまで信じねーってんなら、やる事があんだろ」
見え隠れする月に木々が照らされ、森は尚一層不気味な雰囲気を醸し出している。
『フォティア』
各々ランプに火を灯し、一歩ずつ、ゆっくりと進む。
迷い森は普段厳重に管理されており、中等部は授業ですら入ることはない。
「しっかし、運が良かったよな!見張りのゴーレムが居ないなんてさ」
「いいもんか、僕は止めてほしかったよ」
マーカスは両目に涙を浮かべながら周りを見渡していた。
灯りは精々数mまでしか届かない。落ち葉を踏みしめる音に紛れて、姿の見えない精霊の囁き声が至るところから聴こえ始めた。
『誰か来た、誰か来たぞ!』
『ニンゲン!コドモ!オイシソウ!』
『タン、ハラミ、モモ』
『食べるな、マスターに叱られる!おやつがなくなる!』
遂に我慢の限界がきたのか、マーカスはその場にしゃがみ込んだ。
「やっぱ帰ろうよ!!怖いよ、ママーッ!!」
「ッダー!ウルセエ!んなに帰りたけりゃ一人で帰れよ!」
「いやだよ!だってアイツらなんか食べようとしてくるし!アレなんじゃないの例の人食い魔法生物って!?」
「いやあれじゃねぇよ。そもそもあの精霊は人をからかうのが楽しみで、別に食ったりしねぇよ。お前も知ってるだろ」
「そうだけどぉ!!」
森に入って数分で騒ぎ始めた彼らに対し、ジョージは口に手を当てながら考え込んでいた。
「……なあ、やっぱりおかしくねぇか。見張りがいないなんてさ」
「は、考えすぎじゃね?お前も帰りたくなったんか!」
「こんな如何にも怪しい精霊が森にいながら、俺ら中等部が入れる程度の管理ってのがおかしいだろ」
ハリソンは眼を思いきり見開いたかと思えば、眉間に皺をよせ、顔を伏せた。
「……もういい!俺一人で行く!!」
「お、おい!待てって!」
ジョージの言葉も聞かず、どんどん奥に進んでいく。
「ったく……!おいマーカス、とりあえず行くぞ」
勢いよく後ろを振り返る。
木の葉の上に転がるランプは、本来照らすはずのものを照らしていなかった。
「……マーカス?」
前後左右をランプで照らして確認するも、何処にも彼の姿は見当たらない。
「おい、マーカス!!いないのか!!!……ハリソン、マーカスが消えた!!戻ってこい!!」
大声で二人を呼んでも、返ってくる声はない。
それどころか。
先程まで騒がしかった精霊の囁きひとつ聞こえない。
「っつ……!!」
ジョージはすぐに杖を構えた。嫌な緊張で汗が滲む。両手に持つ物を落とさないよう、力を込める。
耳が痛くなるほどの静寂も束の間、突然轟音が鳴り響き、眼の前に何かが飛んできた。
「うわっ!?」
ランプを向けると、二つに束ねた長い金髪と白いロングコートが照らされる。
それは地面に伏したまま、指ひとつも動かない。
「お前、リリィ・スミス……!?」
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