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パチン!
指を鳴らしたような軽快な音で、ジョージはハッと目を覚ます。
眼前に広がっているのは、白いテーブルクロスのかかった長いテーブル。その上に紅茶と砂時計が置かれていた。
状況が飲み込めない彼は、ぐるりとあたりを見回す。
周りは色とりどりの花が咲いている綺麗な庭。奥には古城が覗えた。少し離れた場所に何人かの人影が見えるが、逆光で顔まではわからない。
長いテーブルの向かいには軍服のような畏まった装いのリリィが座っていた。日に当たっているジョージとは違い木陰にいる彼女は顔を伏しており、こちらと目が合わない。
「!おい、リリィ、お前大丈夫か!?ってかここは……!?怪物は!?俺のダチはどうなった!?」
「おーおー、元気だね〜死にかけた人間とは思えないや!」
矢継ぎ早に捲したてるジョージに、のんびりとした口調の男が横から割って入った。
年にして17歳くらいだろう。リリィが着ている軍服と似たような服装ではあるが、かなり着崩している。黒いシルクハットを深く被ったその姿はマジシャンを彷彿とさせた。
花壇からこちらのテーブルまで歩いてきたその男は、ジョージとリリィの真ん中の椅子に腰を掛ける。
「まぁ何がともあれよかった!死なないとわかっていたとはいえ、流石にこっちも心配したからね~。あ、俺はフロート。よろしくジョージ!あと君の友達は無事だ」
自己紹介のついでに述べられた友人の無事にジョージは短く息を吐いた。しかし、まだ状況が読めないジョージは困惑の表情を浮かべたままだ。
「いやぁ困惑するのも無理はない。さっきまで死にかけてたと思ったらこんな素敵な庭に招待されたわけだからね!流石の俺でも君と同じ状況なら椅子から転げ落ちて……」
「フロート。手短に説明を」
ペラペラ喋り始めたフロートに、リリィは咎めた。フロートは舌を出して肩を竦める。
ジョージはそんな二人を呆気にとられた様子で眺めていた。
(なんか緊張感ねぇな……)
フロートはゴホン、とわざとらしく咳払いをしてから、先程より少し真剣な表情をして口を開く。
「ハイハイっと。あのですね、君が食べたあの林檎、簡単に言うと高品質の魔力が沢山込められているんだよね。それを食べたことで、高品質の魔力が君の血肉になってしまった。そのせいでこれから君はいろんなものに狙われることになる。」
「……は?」
(いま、なんて……?)
あまりの突然の情報に、ジョージは口を開いて固まったまま動かない。
先程まで気にならなかった草花が揺れる音が妙に耳に入ってきた。
フロートがそれを察しているのかどうかは目深に被ったハットでわからない。
ともあれ、彼は慣れた様子で説明を続けた。
「我々は君を狙うもののうち、『ディザスタードラゴン』を退治する専門家なんだ。君とギ……リリィがあの森で戦っていた子だ」
「ディザスタードラゴン……?」
状況に追いついているわけではないが、ジョージは思わず聞き返した。
生物には一定以上の知識はあるつもりだったが、どう思い返しても聞いことがない。
「まぁ、基本見えないからね。一般人は知らないと思うよ」
「真夏の雪、止まない雷。何の予兆もなしに突如現れる説明がつかない異常気象――『超常気象』とでも言おうか。それはそのドラゴンのせいだ。有名な童話『竜と囚われの姫』のモデルにもなった魔法生物だよ、童話の方は流石に知っているだろう?」
「あ、あぁ。」
ジョージはぎこちなく首を縦に振った。『竜と囚われの姫』は絵本を読まない彼でもその内容を話せる程度にメジャーな童話だ。ただ、その竜にモデルがいたことについては初耳だった。
それでね、とフロートが声を落としながら指を組む。ジョージはつられて息をのんだ。
「ここからが本題なんだけれど。君、我々に協力する気はないか?」
「協力……?」
「こちらの不手際とはいえこれから命を狙われ続ける君を、このまま学園に置いておくのはどうなのかという意見が出たんだ。学園を辞めさせて強制保護でも良いんだけどね?リリィはディザスタードラゴンを探すのに君がいれば手間も省けると。まぁ、ぶっちゃけリリィだけでも十分役割は果たせると思うんだけどね。彼女、頑固だからさ。一度言い出したら聞かないんだよね」
フロートは苦い顔をしながらリリィを指差す。しかし彼女は顔を伏せたままで、反応を示さない。
「でもこれは命がかかった問題だ。最終的な判断は、君に任せようというのが結論ってわけ。おわかりかな?」
首を傾けて、口角をあげるフロート。ただ、その目は笑っていない。
自分が考えている以上にまずい状態なのだろうと、ジョージは頭の片隅で思う。
彼が口を開く前に、フロートはわざとらしく両手をあげて驚いてみせた。
「……おっと、まずいな、喋りすぎて時間がない!」
視線の先には砂時計がある。それはもう小指の先ほども砂が残っていない。
「もし、この条件を受け入れるなら目の前にある紅茶を飲んで。受け入れないのならば、君が明日朝から聞くのはチャイムではなくニワトリの鳴き声だ。さぁ、早く!砂時計がこぼれきる前に!」
「ちょ、おい、今!?」
協力するか、学園を辞めて保護されるか。
状況を把握できていない中での究極とも言える選択肢だが、ジョージはそこまで迷わなかった。
(俺は……辞める訳にはいかないんだ)
勢いよくティーカップを持ち、一気に飲み干す。
瞬間、猛烈な眠気に襲われた。全身が脱力し、床に崩れ落ちる。
「……!?」
カシャンと甲高い音を立ててティーカップが割れた。
フロートは笑みを浮かべて、座ったままジョージを眺める。
「契約成立だ、明日からよろしく頼むよ」
遠のく意識の中でさえ、リリィと目が合うことはなかった。
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