5 週末の女

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5 週末の女

「栖さん、それ、何ですか?」  たった一週間で万年床の風格を醸し出し始めた布団に身体を横たえ、今日もスウェットの男性はぼんやりと何か紙のようなものを広げて凝視していた。  日曜、昼下がり――と言っても、私たちには曜日などあまり関係がない。栖さんは大きく括れば在宅勤務のようなものだし、彼のアシスタントである私も同じく、平日に仕事をして日曜を休暇に充てる、というスタイルではない。  日曜だから何がどうというわけではないのだが、なんとなく世間がじわりと騒がしく感じるので、やはり週末というものは社会にとっては特別なものなのだろう。  いつも通り目についたものは積極的になぜなにと質問する私に対し、件の紙から視線を外さないまま栖さんはごろりと仰向けになる。 「うーん。……何だろうねぇ。たぶん、誰かからのメッセージというか、手紙なんだろうけどさ」 「はぁ。そんなもの、いつ受け取ったんです?」 「今朝。暇だから玄関の掃除でもすっかなぁと思ったらね、郵便受けに入ってたのよ。早起きは三文の得っていうけど、これは果たして得カウントしていいもんかなぁ」 「……どなたかから届いた、郵便?」 「いやいやまさか。ぼくとこまどちゃんはここに転居したわけじゃない。仮住まい、というか別荘みたいなもんだ。勿論住所は前の焼け焦げたアパートに残したままだし、期日の一か月が過ぎたら戻る予定だもの。ぼくら当てのちゃんとした郵便物が、この家に届くわけがない」 「です、よね。じゃあ……ご近所の方の、警告か、いたずら……ですかね」 「あり得ない話じゃないよなぁ。なんつっても看板もじって『ししえりさんの家』なんて呼ばれてるんだから、そりゃご近所指折りの心霊スポットだろうよ。ご近所の小学生かヤンキーくんたちが興味津々でちょっかいかけてきても、おかしかない。けどねー……うーん。こまどちゃんも読んでみる?」  大変軽い感じで渡されたその紙は、とてもくしゃくしゃで、少し古く黄ばんでいる。昔のノートの切れ端だろうか。  絶妙に汚れているノートには、なんとも読みにくい、角ばった字がびっしりと並んでいる。 「……………ええと…………」 「わはは、読めんだろ!? ぼくも一生懸命解読しようとしたんだけどさ、どうもこれ日本語じゃないみたいだ。暗号っての? アルファベットかそれともひらがなか、とにかく何かを独自の記号に置き換えているっぽいね。がんばれば解読できるかもしれないけど、面倒くさいし頑張りたくないからまぁ、放置でいいかぁ」 「いいんですか。放置しちゃっても」 「わからんからねー。あとでみっちゃんに写真撮って提出しておくけど、基本ぼくは考えるのは得意じゃないからなぁ。面倒くさいし」  どうせ一日中だらだらしているのだから、パズル解読に頭を使ってもよさそうなものだけれど。と、思うものの、じゃあこまどちゃんがやってよと言われたら確かに面倒くさい、と思う。 「ま、誰かがぼくらにコンタクト取ろうとしていることは確かだね。それが悪意なのか、善意なのか、はたまたただのいたずらなのかはわからない。わからないが、ひとまず何も進展しないよかマシだ。相変わらず夜の収穫はゼロだからなぁ……」  だらしなく口を開けた栖さんは、くあ、とあくびを零してからのろのろと身体を起こす。日曜日も月曜日も、いつだってこの人は面倒くさそうだ。 「連日連夜起きてるせいでね、寝不足だよねぇ……。やっと今日で一週間かぁー」 「結局進展なしですか……」 「いやいや、わからんよ。今日は初めての日曜日だ。霊に曜日なんか関係あんのか? って今こまどちゃんは思っただろうけどね、なんと『ある』。何といっても幽霊なんてもんは結局は人間のなれの果てだ。幽霊の出現ルールの話は覚えてる?」 「はい、あの……棒の家で何かを持ち帰るとか、一定の条件をこなすことにより出る霊障の話、ですよね?」 「こまどちゃんは相変わらず模範的な生徒でいいね。ぼくが無駄な説明をしなくていい、最高。んで、一週間、とくに週末ってやつは人間にとってなかなか意味深いもんだ。日曜日だけしか出ない幽霊ってやつがいたとしても、おかしかないって話」 「いますかね……そんな特殊な幽霊……」 「いるんじゃない? サラリーマンの幽霊だって、平日だけ死にそうな顔で出てくるとかありがちでしょう。今のところ、この家が何なのか、ぼくたちは大した手がかりはないけれど、何かの集会場だったんじゃないかなぁと思うし、日曜だけ顔をだしていたメンツがいたっておかしくない」  うん、まあ、栖さんが言っていることも、わからなくはない。それでも私は『幽霊と曜日の関係性』について、正直半信半疑だ。  カレンダーがあるわけでもないし、幽霊の方々はどうやって曜日を確認しているのだろう。そう考えると、少しファンタジーすぎないか? と思う。  頭をひねる私を一度スルーしてから、栖さんは器用に眉を上げた。 「ところでこまどちゃん、今日は図書館行かなくていいの?」 「あ、はい。あの図書館、日曜日はお休みだそうで」 「わぁ。田舎の商店街の如きやる気のなさだね。現代人は働きすぎだっていうし、ぼくもそう思うけどそれにしてもおもしろくていいな、日曜閉館図書館」 「けど、結構静かでいいですよ。こう言ってはアレなんですけど、ええと、利用者もあんまりいなくて、気分が楽です。私は新聞を読む習慣がなかったから、慣れるまでちょっと時間がかかる気がしますけど」 「過去何年さかのぼるのって話だよなぁ。言ってもまあ、築三十年以内だろうから、家だけにスポットを当てるならとりあえず二十五年くらいか? それでも結構なもんだよ。……ぼくも手伝えたらいいんだがなー」 「栖さんは、この家から出たらだめでしょう。大丈夫ですよ、水曜日は紗由ちゃんが手伝ってくれる約束ですし、一時間に一度くらいはシノミツさんからきちんと休んでいますかって連絡きますし」 「はえー、みっちゃんはほんとに過保護だねぇ。あんな顔して……ええ、いや、顔はわっかんねーや、うはは。いやでも、こまどちゃんが積極的に動いてくれんのは正直ありがたい――」  ガタン。  と、唐突に音が響いた。  だらだらと会話を続けていた私と栖さんは、同時に息を殺して押し黙る。  ガタン! バタン! ガタン!  その音を追いかけるように、私たちは同時に天井を見上げた。  二階の奥――当初お札がべたべたに貼ってあった八畳間。そこから音は聞こえてくる。
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