8 スーツ男と地雷ちゃん

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8 スーツ男と地雷ちゃん

「んっ……ひぃー」  思わず豚みたいな声が零れちゃって、んふふ、アタシってば女子としてナシだぞ☆ と思うものの、ひきつった顔は素敵笑顔とは程遠いはずだった。でも悲鳴を飲み込んだだけえらくなーい? さゆゆえらくなーい? と思うのだ。  週半ば、眠気も絶好調の午後一講義後。  よっしゃ帰るぞーいとうきうきカバンを背負ったアタシちゃんに待ったをかけたのは、学生課からの呼び出し放送だった。  建築科二年、宇多川紗由さんはいますぐ学生課へ――。おおお……しゅごい、アタシの名前が校内に響き渡っておる……などと若干感動しながらも『アタシなんかしたっけ?』とめいいっぱいビビりつつ駆けつけた先。  学生課の個室で待っていたのは、見覚えのあるスーツメンだった。  なんだかよくわからない、たぶん幽霊関係の仕事をしている怪しいスーツメン。せんぱいはこの地味すぎて全然顔を覚えられない男のことを『しのみつさん』と呼ぶので、仕方なくアタシもそれに倣うしかない。  そりゃ豚みたいな声も零れちゃうって話でしょうよ。 「斬新な悲鳴ですね、宇多川さん。どうも、お久方ぶりです。古嵜さん奪還作戦以来でしょうか?」 「思い出したくない思い出さらっとお出ししてくるのやめろください~。つーかこんなとこに何しに来たんですかぁ? アタシちゃんはこれから古嵜せんぱいとらぶらぶ☆図書館で調べものデートの予定なんですけどぉ」 「その古嵜さんの件で少々困ったことがありまして、緊急事態と判断しコネというコネを全開で使用して大学まで押し掛けた次第ですよ。とりあえず座ってください」 「……困ったことで緊急事態?」  なにそれうける聞きたくない。  と思ったのが、ダイレクトに顔に出ちゃうのがアタシちゃんの可愛らしいところだと思う。 「そんな顔をなさらずに、と言いたいところですが正直突っ込んでいる間も惜しい状況です。まずはお尋ねします。宇多川さん、昨夜以降古嵜さんと連絡は取れていますか?」 「は? せんぱいと? 勿論LINEでらぶらぶトークを……」  …………いや待って、してない。  昨日はバイトがバリ忙しすぎて携帯放置してて、夜もバタバタしたまま寝た。午前中にせんぱいに送ったLINEは既読がついてない。けど、せんぱいはあんまりマメな方じゃなくて(っていうかLINEが得意じゃないらしく)既読つくの遅い方だし、今日の待ち合わせの時間は早々に決めてあったし、別に何の心配もしていなかった。  きんきゅうじたい、の文字が頭の中で乱舞する。  びっくりするくらいざーっと血液が引く。真っ青になる、ってたぶん、こういう感覚なんだろう。 「……連絡がつかない状態ですね? 実は私も、昨晩から荊禍さんと連絡がつきません。古嵜さんにも何度か電話してみたのですが、電波が届かないとのアナウンスが流れてしまいます」 「はぁ!? せんぱいあのど閑静な住宅街で暮らしてますよね!? 電波届かないとかありえないっしょ! ヤバいじゃん!」 「まったくもって『ヤバい』です。そもそも、あの家の案件自体が相当にまずい」 「あの家って、えーと、なんとかえりさんのおうち?」 「ししりえさんの家。――正しくは、『ほほえみハウス』です」  そう言ってしのみつの人が応接テーブルに広げたのは、なんだかやたらとしょっぱい感じのぺらぺらな冊子だった。  うちのデザイン科に見せたら全員が眉をしかめそうな、『普通オブ普通』って感じの見た目だ。 「こちらはししえりさんの家がある地域の地元広報誌です。古嵜さんは図書館でこちらの広報誌を閲覧していた最中、片付けもせずに忽然と姿を消しています。といっても件の図書館は防犯カメラもなければ、常駐している管理人もいません。運悪く、古嵜さんが調べものをしていた最中、管理人は隣の部屋でご近所の主婦たちとお茶を楽しんでいたとのことでした。ただ、古嵜さんはこの広報誌の第三八号を持ちだしています。それと同じものがこれです」 「……なんか、ほとんど真っ黒で読めないんですけどぉ……なんですこれ、呪いの雑誌?」 「あいにくと、うちが手配できた同号はこれしかなかったのです。読めるところだけでも見てください」 「んんんー? 現代の? ええとー、心……うん? これ、結局なんの施設なんです? 無料カフェ? フリースペース?」 「まあ、わかりにくいですよね。四の五の書いてありますが、要するにカルト宗教、よくてスピリチュアル系商法、といったとこでしょう」 「あー! スピ系! 言われてみたらそんな感じしますぅー」 「宇多川さんは、スピリチュアル界隈をご存じで?」 「うふふ。何を隠そう親戚のおばさんがドはまりして自己破産してましたぁ」 「それは何というか……大変でしたね」  まあ、大変だった。シンプルにド真面目に大変だった。けれどこの騒動でアタシは自己破産ってそんな怖いシステムじゃないんだなぁということと、何かを信じてる人を説得するのってむっずーい、ということを学んだのだ。  叔母さんはなんというかうーん。……悪い人じゃないんだろうけど、もともとちょっと拗らせてる人だった。自己愛っていうか、自分すごい! って感じのことをよく喚いてる感じ。  アタシは別に嫌いじゃなかったけど……結局ナントカっていう瞑想系? 宇宙のささやき? アロマで氣を前向きにする? みたいなグループにハマって、講習代山ほど払って『コーチ』みたいなようわからん称号を手に入れて、自力でお店を開こうとして見事に破産した。  おかげ様でうちの家訓は、カルトとマルチとスピには気をつけろ、だ。
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