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「ああいう人たちって、なんかやたらと前向きで優しい言葉かけてきますよねぇ。大丈夫だよ~あなたは悪くないよ~私は味方だよ~みたいなぁ」
「よくご存じで。私よりも宇多川さんの方が詳しそうですね。実際の詳しい記録は残っていないので断言はできませんが、どうやらこのほほえみハウスもカルトやマルチ、というよりは、個人主体のスピリチュアル系団体だった様子です。オカルト思考や精神系のすべてが悪い、詐欺だ、というわけではないのでしょうが……」
「ふつーの料金でふつーに活動してる人はふつーなんじゃないですかぁ? タダor法外なお値段ってのが怪しい奴らの目印ですよぉ~。で、ここで凄惨な殺人事件が……?」
「いえ、死んでいるのは一人です」
「ふえ? 一人? ……ま? でもなんかすっごいやっばい家なんでしょ?」
「とてもまずい場所です。なんというか……念が強すぎる、のだと思います」
念。ってなんだろう。怨念とか、執念とか、そういう感じ?
まあー確かに、幽霊なんてものになっちゃう人は、相当な恨みがあって~ってイメージあるよね、うん。貞子ちゃんも加耶子ちゃんも積年の恨みあったわけでしょ? 部室で適当に見てただけだからストーリー覚えてないけど。井戸に落とされたの誰だっけ? ゆきおくん? や、まあ、ホラー映画の話はどうでもいいんだけど。
……じゃあさ、その死んだ人が、とってもとっても未練があったんだろうか。とってもとっても、誰かを恨んでいたんだろうか。
――せんぱいのおうちの、妹ちゃんみたいに。
「私が知った情報と、古嵜さんが調べていた情報を、突き合わせるべきなのですが、残念ながらそれができない。おそらくお二人はあの家に囚われているのだと推察します。まだ情報は少ないのですが、しかしこのままでは――」
「ん? あれ? んんん? あのぉー、この写真ってせんぱいが今住んでるおうちですよね?」
なんか顔が黒塗りされてる見るからにやべえ写真を指差し、アタシは首を傾げる。
真剣な顔のスーツメンは、真剣な顔のままそうですよ、と答えてくれる。
ほうほう、なるほど。
……だとしたら、おかしい。
「このお隣のおうちって、リフォームしたんです?」
「いえ、そんなはずは……住宅費図に関しては、前の担当の資料が残っていましたが、横山家は今もその間取りのままではないかと――」
「そんなはずないですよぉ。だってアタシちゃん、この前ショッピング帰りに玄関先までついてったから、おうち周りはこの目で見てるんです。横山さん? この隣のおうちのこの場所に、窓なんかなかったです」
「…………は?」
アタシが指刺している写真。そのうすらぼけている写真の中の家には、二階の部屋に窓が映り込んでいる。位置としては、せんぱいの住んでいるおうちと面する方向だ。
「なかったですよ、窓。てーか、せんぱいが住んでるおうちを囲むように、全部の家に窓がなかったです。うっわぁ、きっもー、全部壁じゃんうけるーって思ったし。あのー……普通ね、窓がないってあんまりないですよ。窓がない部屋っていうのは建築の基準で居住区域にできない決まりだし。しかもこの横山さんとこはわざわざ壁を貼り付けなおしてると思います。壁の色が違ったし。どう見ても不自然だったし」
「……ですが、荊禍さんと古嵜さんは、横山家の二階の赤い部屋に、太った男がいる、と」
「えええ? それ本当に生きてる人間なんですかぁ? アタシこのまえ初めて安楽川ちゃん見ちゃいましたけどー、あんなん普通に居たらわかりませんよー。スミちゃんもせんぱいも目がバリバリすぎて逆に信用できなくないです?」
「ああ……そう、ですね。確かに。私も横山家の窓は確認していますが――そうか。私にも見えるくらいの、何かだったのか」
何かを思い出すように考え込んだしのみつの人は、ハッとしてバッと封筒を出してザッと紙の地図を広げる。
おおお、間取りじゃないの。こんなものよく手に入れたわねぇと思いながら身を乗り出すと、スーツメンの指は『横山実、良子、孝雄』と書かれた家の西側の壁を指差した。
「ここには窓がない、と。そういうことでしたね。他の家の――この窓と、この窓もなかった?」
「なかったですね~壁でしたよ。全部の家が背を向けてるみたいだなぁって思ったの、覚えてますもん」
「ふむ。ではこの地図の信頼性は格段に落ちますね。ししえりの家の資料探しに集中しすぎて、周辺地図の裏どりをしていませんでした。すぐに調べましょう。しかし宇多川さん、さすがですね。全く気が付きませんでした」
「ふっふーん、建築科なめてもらっちゃ困りますけどぉ?」
「おみそれしました」
とはいえ、あんな不自然な家、誰だってちょっと足を止めて見ちゃうと思う。アタシが横山さんちの不自然さに気が付いたのは、アタシに霊感とやらが一切ないからだろう。
「調べ物はうちの他の社員に任せましょう。わかり次第連絡が来るはずです。では宇多川さん、本題に参りましょう」
「……はえ? 本題、って、あ、待って、やだやだ聞きたくない……!」
「皆さんそう仰る。しかしながら聞いていただきます、先ほども申しましたが緊急事態です。荊禍さんと古嵜さんの身が危ない。ですから宇多川さん、どうか私と共に彼らを助けに行ってほしい」
真剣に頭を下げるスーツメンのつむじを眺めながら、アタシは結構ドン引きしていた。
いやーだってさ、助けるって何よ。何するのよ。アタシちゃんただの建築科大学生よ? マジでガチで普通の女子大生なんですが?
てーかスミちゃんもそうだけどさぁ、助けに行こうぜ! なんて冒険のお誘いをライトにしてくるのやめてほしいのだわ、本当に!
うーーーーーあーーーーー。
…………あー。でも、仕方がない。仕方がないよぇ、だってせんぱいがピンチなんだもの。だからアタシは『しっかたねーなぁ』って一応嫌そうに息を吐く。嫌っていうか怖いだけなんだけど、あとスーツメンとかスミちゃんの事情にせんぱい巻き込んでることに怒ってるだけなんだけど、でも、うん。
「いっちょ助けに行きますか! だってアタシちゃんは古嵜せんぱいが大好きですからねっ!」
虚勢を張って震える足で立ち上がると、大変ありがたいです、と、深々と頭を下げたしのみつっちの震える息が聞こえて、アタシは憎しみとかお怒りとかを飲み込むしかなくなった。
スミちゃんもせんぱいも、何で生きてんのかなぁみたいな顔して息吸って吐いてる感じがしてよくないんだけど、でもとりあえずアタシちゃんとこの人はあの二人のことが大事なのだ。
そう、だから助ける。何ができるかわからないスーツメンとたぶんなんもできないアタシだけど、きっと、駆け付けないよりはマシだから。
「では、さっそく参りましょうか」
「え。今から!? なう!?」
「緊急事態なので。あ、すいませんホームセンターにだけ寄らせてください。ロープの準備を忘れていました」
「…………ろーぷ?」
それ、何に使うんです? なんて、訊けなかったアタシちゃんは弱い子だった。
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