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1 ししえりさんの家
「これで全部ですかね」
とても丁寧に廊下に下された段ボール箱からは、少し重そうな音がする。食器と鍋とフライパンをぎゅうぎゅうにつっこんであるのだから、少しどころではなく相当に重いはずなのだが、今日も顔面がしっかり隠れているスーツの男性は、とても重いものを運んでいるようには見えなかった。
「あ、はい、ありがとうございます。……すいません、運んでもらっちゃって」
「いえいえ、私にできることならばできうる限りお手伝いしますよ。力仕事はお任せを、と胸を張れるほどではありませんが、まあ、荊禍さんよりはお役に立てるでしょう」
「はぁ。……ええ、うん。そうですね」
ランドリーバッグを両手いっぱいに抱えた私の視線を受けて、たった今『男として戦力外』の通告を受けた本人はしれっと肩をすくめてみせる。
「ぼかぁ元々ね、運動なんかは音痴なんですよ。見りゃあわかるでしょうよ、このもやしのような細腕を」
「栖さん、細いですもんね……私の方が太いんじゃないかなって思う……」
「いやぁ、それはない。ないよ。ぼくがもやしならこまどちゃんはかいわれだね。ブロッコリースプラウトでもいいけどね。それにしたって穢土調整課はここんとこちょっと無茶振りしすぎでしょうよ。今年入ってまだ四か月だってのに、二件目の物件に強制引っ越しなんて、さすがにひどい扱いじゃないの?」
「まったくもって言い訳のひとつもできません。この度の無茶苦茶な仕事、引き受けてくださった荊禍さんと古嵜さんには頭があがりません」
「……お礼も謝罪もいらないけどさぁ。仕事だし。ぼくちょっとぐるーっと中一周してくるから、こまどちゃんちょっとみっちゃんから説明受けといてぇー」
「えええ……」
相変わらず無茶振りをしてくる上司だ。穢土調整課は確かにひどい無茶振りをしてくる機関だけれど、正直なところ栖さんもどっこいどっこいじゃないの? と思う。
栖さんは相変わらず面倒なことが嫌いだ。特に人の話をちゃんと聞くことが苦手らしく、説明とかそういうものはほとんど私にまかせっきり状態だった。
私が正式に『呪われ代行屋』のお手伝いを始めてから、早一か月。私たちは相変わらず順調にご近所の知り合い程度の愛情を持ちながら、それなりに仲良く(仲良く、と言っていいのかわからないけれどとりあえず私は仲良くしているつもりだ)幽霊や呪いにまみれた日々を送っていた。
呪われ代行屋、荊禍栖。
五千円ぽっきりで、霊障や呪いを肩代わりしてくれる怪しいお兄さん。その実態は穢れを喰う■■を飼う少し常識外れな霊能者だ。
普段は呪われ代行屋で小銭を稼いでいる栖さんだが、本業は指定された家に住むことにより土地の穢れを喰うことだ。
栖さんの住む場所を指定する謎の機関『穢土調整課』はどうやら、国とか都道府県とか市町村とか、とにかく公の機関らしい。栖さんの担当であるシノミツさんが『下っ端公務員』を自称しているので、うん、まあ、……結構大層なお仕事なのだろう、と思う。
私はまだ、穢土調整課のことも、栖さんのような土地の穢れを消す人たち――穢饌のことも、よくわかっていない。栖さんはそもそも訊かれないことへの説明全般を面倒がるし、私はその辺の話をつっこんで訊く勇気をまだ、持てない。
でも、まあ、知らなくてもいいのかもしれない。
聞く、口にする、それだけで縁は繋がる。栖さんは穢饌の仕事に私が関わることをあまり好ましく思っていないようなので、私はなるべくなら縁を繋げない方がいいのかもしれない。そう思ってはいたのだけれど。
「いやぁしかし……古嵜さんまでお引越しさせてしまい、本当に心苦しい限りです……」
きっちりと腰を折って頭を下げるシノミツさんに、私はあわてて荷物を置いて手を振る。
「ああ、いや、その、謝らなくても、平気なんで、頭を上げてください。私はどうせ家政婦もどきなので、栖さんが住む場所に通うことになりますし――あの焼け焦げアパートからだと、ここはちょっと距離がありすぎますから」
「とはいえ、嫁入り前の若い女性を怪しい男と同棲させるなど――……いや、うん、指定したのはウチなんですが……」
あ、シノミツさんも栖さんのこと怪しいとは思っているんだ。ふふ、私から見たらどっちもどっちなのだけれど、とりあえずはつっこまずに話を続ける。
「とにかく、この物件……いや、案件と言いましょうか。今回の件は私もきっちりと把握できていないのです。お恥ずかしい話ですが前任との引継ぎが上手く行っているとは言い難く……」
「シノミツさんの管轄じゃない、ってことですか?」
「仰る通り。こちらの物件は本来私の管轄外であり、荊禍さんにお願いする予定ではありませんでした。なんといってもここの指定は『女性同伴』なので、どうあがいても荊禍さんには無理だったんです」
女性同伴。
……つまり、私が助手として栖さんの近くに住み始めたから、お鉢が回ってきてしまったのか。それは、良い事なのか悪い事なのか。絶妙な顔を晒してしまった私だったが、幸い私の表情筋はあまり素直ではない。
感情を表に出さないように努めていた長年の癖で、何もかもを手放した今も結局私は感情を少しだけ飲み込んでしまう。
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