9 言の葉の呪

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「そりゃきみが不憫だったからさ! どう考えたっておかしい。きみにかかっていた呪いは、他人がかけた馬鹿馬鹿しいものだ。しかもきみのためのものじゃない。命差し出して家の為に死んでね、なんて、到底ヒトのやることじゃないよ。ぼくはいい、自分で選んだ。でもきみは違う、子供だったし、勝手に背負わされた。そんなものがね、目の前に現れたらぼくだって一端の大人よろしく――……ああ、いや、うん。実はぼくは、自分にも正義感なんてものがあったんだなぁってびっくりしたよ。これが本音だ」 「……正義感で、呪われた子供を助けて、そのまま面倒をみてくれているんですか?」 「うーん、それもちょっと違うかな。ぼくがきみを助けたのは、きみの敵が気に入らなかったからだ。利害の一致みたいなものだ。でもきみとの縁を切らないのは、単純に毎日が楽しいからだよ」 「たのしい……」 「お、なんだその顔は~まったくきみもみっちゃんもぼくに対して非常に失礼な態度をとりやがる。ぼくにだって喜怒哀楽くらいはありますよ、まあ、多少は薄れちまってるけどね。だからさー、こまどちゃん、ぼくだってきみに死んでほしくない」  置いていくなよ、って思っているよ。  吐き出された栖さんの声があまりにも静かで、私は耐えきれずに目の上に腕を押し付けた。 「お。こまどちゃん涙もろくなったねぇ。人として良い成長だよ。その調子ですくすく情緒豊かになってほしいもんだね、間違ってもぼくみたいになるなよ~」 「……私ばっかりずるいです……栖さんも泣いてください……」 「わはは、無茶のオンパレードだな! ぼくは泣かないよ。感情がねー、もうあんまり残ってないからねぇ。まあ、もともとそんなに情緒豊かでもなかったしね。一回世界に絶望しちゃうと、なんか凪いだ気分にならない?」 「あー……なんか、わかります……」 「そうだろうとも。ぼくときみは大変アレなことにちょっと似ちゃってるからなぁ」 「……私も、栖さんより先にほほえみハウスのような場所に出会っていたら、別の救われ方をしたんでしょうか」 「うん?」  ふと、思い立ったことを口にする。理性が死んでいるので仕方がない。私は今、脳みそと口が直結しているのだから。  対する栖さんは、いつものように凪いでスカスカした感情のままうーんと唸る。 「いやぁ、どうかな……ああいう甘い言葉系に救われちゃうのってさぁ、結構どうしようもない人間が多い印象だけどね。えーと、例えばだよ? 例えばこまどちゃんが、電車でご老人に席を譲ろうとしたら『老人じゃない! 失礼だ!』って急に怒鳴られたとする。どうだい、理不尽だろう?」 「はぁ。まあ、そうですね、理不尽だと思います」 「うむ。そんできみはとても悲しくなるはずだ。そこでこんなことがあったんです~と他人に吐き出したとする。その時Aさんはこう言う。『人間なんて十人十色どころか百人いたら百種類の人格があるよ。どうせ向こうもきみのことなんざ覚えちゃいないんだし、酒でも飲んでさっさと忘れようぜ。わからんけどきみの何かが異常に気に入らなかったんだろうさ』」 「栖さんみたいな方ですね」 「ぼくならもうちょい辛辣だとは思うがね。そんでBさんはこう言う。『なんてひどいんだろう! きみは何も悪くないのに! その老人は本当にひどい人だ! きっときみが美人でかわいいから妬んだよ、そうに違いない』。……さあこまどちゃんは、どっちの方が言われてうれしい?」 「……栖さんの方、ですかね」 「いやぁ、別にぼくってわけじゃないけどAさんの方ってことだね。その理由は?」  私は少し考える。そして、少しだけ復活した理性で、思考を言葉にして吐き出す。 「どちらもきっと、私を励まそうとしてくれているのはわかるし、それはありがたいと思います。でも、なんていうか……どうしようもないこともあるよ、と共感してもらえたほうが、私は悲しさが薄れるような気がして」 「ふーむ、そう考えるのはこまどちゃんが、どうしようもない人生を着々と過ごしてきたからかもしれないね。きみが言ったように、別にどっちが正解ってわけじゃない。しかたねーよって言うAさんも、きみは悪くねーよって言うBさんも、言っちまえばケースバイケースだし、正解はこっちだ! って言えるもんでもない。ただなぁ、たぶんなんだけど、例えば集められて金品時間を搾取されちゃうような人間は、だいたいBさんの言葉をありがたがる気がするんだよ。全肯定ってのは簡単だし楽だし気持ちがいいからなぁ」  確かに、落ち込んでいる人を励ますときに声をかけるのは難しい。『仕方ないよ』と言うよりも、『悪くないよ』と言うほうが、優しいような気もする。
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