10 あそこのいえでしんだひと

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10 あそこのいえでしんだひと

「現代の英知の結晶がこれって、ちょっとどうかと思うんですがぁ~……」  他にどうにかならんかったのか。  を、暗にほのめかしつつぴえんしてみるものの、さらっとした顔のスーツ野郎にはミリもダメージを与えられない。 「見た目がひどい、とのお叱りは受ける覚悟です。しかし中の様子がわからない以上、命綱はどうしても必要です」 「大事なのはわかりますけどぉ! てかそもそもなんで潜入部隊がアタシちゃんなんです!? 心もとなくない!?」 「しかし私が行くわけにはいきません。いざと言うときに、命綱を引っ張る役目は宇多川さんには重すぎる。それに、私は多少なりともこの家の霊現象を体験しています。おそらく何も干渉されていない『霊感のない人間』のほうがいい。……宇多川さんが女性であることだけが本当に心底不安ではありますが、ここは宇多川さんと古嵜さんの『縁と絆』を信じるほかありません」 「うひぃ……さゆゆには何言ってんのか全然わかんないんですけど、要するにやっぱりアタシちゃんが行くっきゃないって事っすね……」 「お願いします、私はお二人を助けたい」  ザ・真剣に頭を下げられ、アタシはあわわ、とドン引きながら手を振るしかない。  人生十九年、そこそこ真面目に生きてきたけどアタシは見た目がこんなだし、しかもまだ子供だ。だからこんな風に、ちゃんとした大人にちゃんとお願いされたことなんかないし、どうしていいかわからなくなるし、あとマジ感がビシバシ伝わってきて命の危機を感じちゃうからやめて~~~と思う。  こんな普通の住宅街のど真ん中で、腹に縄巻かれた状態で命の危機とか感じたくないのだもの!  せめてうける~って言わせてと思うのだもの!  ……でも残念、まじのまじでそんな笑える空気じゃない。  ししえりさんの家、もといほほえみハウスは、前に見た通りとても普通に住宅街の真ん中にでーんと建っていた。  その家の前で、命綱を巻かれたアタシちゃんはいざ、幽霊屋敷にレッツ潜入☆ という直前なのだ。  笑えるかっつの。  前もさ、スミちゃんと一緒にせんぱいを助けにレッツトライしたけどさ、あの時はスミちゃんもしのみつの人も一緒だった。アタシちゃん一人じゃなかった。別に幽霊にエンカウントしたわけでもないし、何か怖いことがあったわけでもない。いきなり家の人を縛り上げた男二人にビビったくらいだ。  でも、今日はなんと一人でこのししえりさんのおうちに潜入しなくてはいけない。ふふふ、マジ勘弁してほしい。  いやぁー確かにさぁーアタシちゃんが残っててもなんもできないしさぁー。適役なんだろうけどさぁー。  ちらり、と家の方を見て『んんっ』と息を飲む。 「……あのぉー……」 「いかがいたしましたか? 縄がきつかったですかね?」 「命綱はキツイくらいがちょうどよかろうと思いますけどぉ、あの、玄関…………さっきから、開いてました?」 「……いいえ。閉まっていましたね」  デスヨネ。  じゃあなんで今、ししえりさんの家の玄関は開いているのだろう。  さっきまでは絶対にしっかり閉まっていた。それなのに、今はちょっとどころか完全に全開状態で扉が開いて、暗く伸びる廊下が見えている。  いやいやいや。  噓でしょうふふふ今からあそこに? あそこに入れってか? 冗談やめてほしいぜベイベー。むりぴだっつの。  だってほら、なんか……なんか黒いもやっとしたものが玄関の奥にちらちら見えるんですけどぉ……。 「まあ、どうやっても中に入れない、という状況を想定していましたのでそれに比べればマシでしょう。さあ、事態は一刻を争います。やりましょう、宇多川さん」 「ま、待っ、待っ! やる気満々スーツメンまじ一回落ち着いてッ! 心の準備期間プリーズですッ!」 「残念ながら時間がありません。今までの被害者の女性は住み始めてから十日前後で亡くなっている。古嵜さんはもう二週間、この家で生活しています。荊禍さんが一緒とはいえ、おそらく猶予はありません」 「古嵜せんぱいはなんでいつもそんなに死と隣合わせなんです!? てーかスーツメンはなんでそんな、必死なんですか! せんぱいなんか、ただの知りあいの小娘でしょ!?」  なんだもしかしてせんぱいのこと好きなのかアァン!? 返答によってはこの件が終わってからマジでサシで勝負する展開っすけどぉ!?  あまりにも幽霊屋敷に突撃したくなくて時間稼ぎに吐いた言葉だったけど、考えてみたらマジでまさかもしかして!? と思ってきた。  アタシが命投げ出して古嵜せんぱいを助けたい、と思うのは、古嵜せんぱいが大好きで、あの人が死んじゃう未来なんか絶対に無理無理! と思っているからだ。そんな未来は否定したい、抵抗したい、駄々こねてやだやだむりむりどうにかしてよってブチ切れて泣き喚きたい。そんで泣き喚いてもどうにもならないならやっぱりアタシの命張るしかない。  だからアタシはいま、腹に縄巻いてここに立っている。  でもこのヒトって、よう知らんけどスミちゃんの仕事仲間でしょ?  お仕事案件に命かけるのってどうなの? ちょっと真面目がすぎない? やっぱせんぱいのこと好きなの? 敵なの? ライバルなの? タイマン待ったなしなの?  そう思っていたアタシは、しのみつの人がなんだか微妙な顔をしていたのを見逃さない。
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