10 あそこのいえでしんだひと

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「…………否定か肯定が欲しいんですけどぉ? なんで~ちょっと~しんどそうな顔なさっちゃってるんですぅ~?」 「私は、しんどそうな顔をしていましたか?」 「してるっちゅーの。なんだオラ、かまってちゃんか? 男のかまってちゃんはうざい一択ですよぉ? 言いたいことがあったらお口で吐けるのが人間ですよぉ?」 「仰る通りですね。宇多川さんのお言葉は少々私には刺さりすぎます。しかしそのくらいずばり、と言ってくださる方が気が楽ですね。……私が古嵜さんに死んでほしくない、と思うのは、荊禍さんの為ですよ」 「はぁ?」 「落ち着いてください。勿論古嵜さんの命も大切です。大切だと思っています。彼女はとても素直で素晴らしい人格者で、なおかつとても不憫だ。これから長い時間をかけて、もっと楽しい人生を送るべきだと心底思います。ですが、本音を言えば私はなによりも荊禍さんに泣いてほしくない」 「……せんぱいが死んじゃったら、スミちゃんが、泣くから……?」  だから、助けたい。荊禍栖が悲しまないように。 「…………泣きますぅ? あの人……なんかそういう感情、持ってなさそうなんですけどぉ……」 「泣くでしょう。あの方は元来、情深い人ですよ。もう一度言いますが、古嵜さんを助けたいという気持ちは本物です。ですが『付き合いの浅い他人になぜそんなに真剣になるのか』と疑問を持たれるならば、私はこう答えるしかない。五年来の友人が悲しむのは嫌ですから、私は最善を尽くしたい。そう思っているだけです」 「ふーむ」 「……納得いただけませんか?」 「いや、しっくりきましたわ。なーんか、ミッツンがそんなに血相変えてまでせんぱいの命助けるんだーーーーってなってるの、不思議だったから」 「みっつん……どうして私のあだ名を構築する方は、頭文字をなかったことにしてしまうんでしょうね……?」 「お、不満かミッツン? しーにゃんの方がいい……ってコト!?」 「みっつんで結構ですよ。それでは話を戻しましょう。宇多川さん、心の準備は整いましたか?」 「整うわけないっしょ~~~でも行かなきゃダメなんだから行きますよぅ! さゆゆはやればできるさゆゆ! YDS!」 「新しい幻覚剤のようなお名前ですね、最後にもう一度確認します」  スーツメンミッツンは容赦ない。  でも本当の本当に非常事態なんだし、アタシだって覚悟を決める。 「宇多川さんの役割は、伝言です。すでに古嵜さんは、この家の本来の名前と役割を知っている。そこからある程度の推測、推察は立てていることでしょう。お二人は閉じ込められている。我々と連絡が取れないということは、情報も得られないということです。……いいですか、宇多川さん。無理だ、と思ったら逃げてください。叫ぶ、走る、壊す、なんでもいい。どうにか逃げてください。不審なことがあれば私はすぐに縄を引きます」 「ウィッス! いのちをだいじにがんばりますです!」  と言っても、アタシには霊感のれの字もない。マジのマジで0感だ。  やばい、とかそんなんわかるんだろうか?  どう考えても自信がない。でも、自信ないから無理でーすと言えるわけもないので、自信ゼロ霊感ゼロだけどアタシは息を吸うのだ。せんぱいを助けるために。スミちゃんを泣かせないために。ミッツンを後悔させないために。アタシ自信が後悔しないために。  渡された封筒を握りしめ、アタシはドア全開の玄関に足を踏み入れる。  ……さっき霊感はゼロって言ったな? アレは嘘だったみたい。  だってなんか、空気がもったりしていてすごく重い。それに――誰かに見られている。  気持ち悪いくらいの視線が刺さる。せんぱいはそう言っていた。うはぁ、確かにこれは、うふふ……吐きそうだ。 「おえっ……思いのほかディープな任務じゃん……」  なきごとを口に出していないと、怖くて足が進まない。階段の上から何かが首を伸ばしているような気がするから上は見ない。下駄箱の隙間から誰かが覗いているような気がするから横も見ない。  まっすぐに伸びたくらい廊下だけを見る。……いやちょっと暗すぎない? まだ夕方っしょ?  ……廊下は真っ暗で、なぜか、一メートルくらい先から何も見えない闇になっている。  そこからなにかがぬう……っと顔を出す想像をして勝手にビビる。こわいこわいこわい、いや、普通にガチで怖いんですけど! こんなあからさまJホラーだって聞いてなかったんですけど!  でもやるしかない、つらい、むりぴ、泣きそう、これが終わったら、古嵜せんぱいに、たくさん褒めてもらって、一緒にケーキ食べに行って、お洋服も買いに行って、それから――。  楽しい想像で無理やり脳を満たしながら、アタシは暗闇に向かって進む。暗い、こわい、うける。……全身が暗闇に浸る。そう思った時、目の前にぬううぅ、っと手が突き出された。 「うっ、ヒィッ」  闇の中から、右手ばかりが五、六……十本以上。  思わずびくっと飛び跳ねて、二歩下がってしまう。それでも気力で泣かなかったアタシちゃんは、盛大に褒められるべきだ。  手はアタシに向かって何かを要求するように伸ばされている。全部女の人の手……に見える。  …………うん?  この手、もしかして。 「……古嵜せんぱいです?」  アタシがそう問いかけた時、きれいな一本の右手以外がアタシに向かって掴みかかってきた。 「ひぃぃぃぃぃぃ!? ちょ、やめ、服ちぎれんだろ! 物理は、卑怯じゃん!? てか古嵜せんぱいどれです!? せんぱい! せんぱいいるよね!? アタシ、たぶん、助けにはならないけど、お手伝いに来たんです……!」  妙に冷たい、粘土みたいな感触の手がアタシの身体を掴んで掴んで掴んで玄関に押し戻そうとする。さっきは扉開いて大歓迎だったじゃん!? 気分屋かよこのやろう!  どうにか足で踏ん張りながら、弱々しく伸ばされているきれいな細い手に、無理やり封筒を握らせた。大丈夫、大丈夫、大丈夫、アタシが、このアタシちゃんが、せんぱいの麗しい手を見間違えるはずがない!  せんぱい、生きてね、死んだらだめだよ、せんぱいが死んじゃったらさ、三人も泣いちゃうことになるからね。だから、絶対生きてね、帰ってきてね。そう告げる代わりに、アタシは声を張り上げる。 「せんぱい! スミちゃん! ほほえみハウスで死んでいるのは一人です! 死んだのは、柳原瑠理子、死因は自殺! あともういっこ大事なコト! !」  アタシが怒鳴りきる寸前、廊下の奥からものすごいスピードで黒い女が走ってきた。黒いし暗いしわけがわからないのに、そいつがとんでもなくぶちぎれた顔してるのがわかってうははははは! くっそこえーーーー! 「ミッツンーーーーーッ!」  アタシの絶叫で胸の下に巻いた縄が思いっきり引っ張られる。足がもつれる。思いっきりこける。それでもアタシはどうにか、ししえりの家のドアが閉まる前に外に飛び出すことに成功した。 「……渡せましたか?」 「うーん……たぶ、ん?」  とんでもねー勢いで勝手に閉まった玄関のドアの上の欄間から、真っ黒い女がめちゃくちゃ睨んでるのが見えたけど。……アタシちゃんの霊感、ここで開花しないといいなぁなんて、どうでもいい心配をしているのは、もう祈るしかないからだった。
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