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回想②
その時の珈琲の味を、私は今でも覚えている。
「あのぉ~この書き込みってぇ……やっぱ、センパイのことじゃないですかー?」
対面で首をかしげる後輩女子が指さす小さな画面には、青と黒の簡素な文字列が並ぶ。
「……えっと、どれ?」
「ほらぁーこれですってば。この、隣の家の女が俺のことを狙っているみたいなんだがーってやつ」
どくり、と心臓が波打つ。
「隣の家の女が俺のことを狙っているみたいなんだが、正直俺にはその気はないしどうしようもない。だがこんな機会はそうそうないし、覚書程度に観察してやろうと思う――ね? ほら、センパイですよ~。隣の視線が気になるって言ってたじゃないですかぁ!」
首の後ろから手の甲まで、私の肌をさざ波のように悪寒が走り、後に残った鳥肌が更におぞましく寒気を呼んだ。
ああ、これだ。これだったんだ、私が探していたものは。
「ほらーセンパイってーふふ、結構目を引く感じじゃないですかー。いつも真っ黒だし。結構でかいし。だからこういうヤバい奴に目を付けられちゃうんじゃないですー? 痴漢ってー、気弱そうなブスを狙うっていうし。あ、ていうか勿論ここ奢りですよね? センパイが急に三日も無断欠勤した埋め合わせですもんね? わたしー、パフェも頼んじゃおっかなー」
隣の家の男は、私のストーカーだったのだ。白浜さんはお隣の横山さんの家の息子はまだ小学生だから、若い男なんて住んでいないはずだと言っていたけれど、ストーカーだと思えば納得がいく。
あれは、私を狙ってあの家に住みついているストーカーなのだ。
だから私は、被害者だ。
守られるべき弱い人間だ。
これできっと、白浜さんも、他のみんなも納得してくれる。だって私は被害者だから、もっともっと、もっともっと、皆に優しくされるべきだから。優しくされる理由があるから。
「ちょっと、柳原センパイー? 聞いてますかぁー?」
吐き気のような興奮は、私の味覚もすっかり奪ってしまった。その時の泥のような珈琲の味を、私は、今でも、覚えている。
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