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2 宇多川紗由
「えーーーーー!? 遊びに行ったらダメなんですぅ!?」
唐突な大声にびっくりした私は、思わず三センチくらいおしりを浮かしそうになる。その後に慌てて口の前に指を立て、とても言いなれたいつものセリフを口にした。
「あのね、宇多川さん、ここは外でしかもカフェだから、もっと静かにできるようにがんばろう?」
「うぃっす! 心がけたい気持ちはある。けれどアタシちゃんは感受性豊かなギャルにて時折感情が爆発してしまうのです候」
「です候……?」
「もうー、せっかくせんぱいがぁ、一軒家にお引越ししたっていうからぁーお家でタコパ☆ 女子会☆ お泊りからのー二人でゆっくりとる朝食からのーこれはもうプロポーズ待ったなし~! って思ったのにぃ」
うん、突っ込みどころが多すぎて私一人じゃ対処できない気がしてきた。どうしよう。でもここは外出先のカフェだし、栖さんもシノミツさんもいらっしゃらないので頼れるものは自分だけだ。
「別に、いままでも一人暮らしだったよ……?」
「あの黒こげアパートはダメです。アタシちゃんですら『おえッ、ここに住んでるとかマジうける』って感じだたんでお泊りとかしたらハッピーよりトラウマが勝りそう。あと下のおばさんこわい」
「ああ……このまえ安楽川さん見ちゃったもんね……」
「トイレから出たらいるとかおかしくないです? ババアまじ幽霊だからってひとんちの扉スルーするの勘弁ですよ」
「新しい家、一人暮らしじゃないから、栖さんもいるけど」
「スミちゃんなんかどうでもいいですよ。話しかけなきゃ静かだしライバルじゃないなら空気みたいなもんです」
あの人を空気扱いできるのは、宇多川さんだけじゃないだろうか。今日もばっちりぽってりと赤く塗られた目元を眺めながら、私は苦笑と安堵の息を漏らした。
宇多川紗由さんは、私の大学の後輩で、そして私が唯一つながりを持っている友人のような存在だ。私が大学を中退してしまった後も、こうして買い物に付き合ってくれたり、ご飯やお茶に付き合ってくれたり――というか、宇多川さんの方が積極的に声をかけて誘ってくれる。
私は基本的に、友人を作らないように生きてきた。どうしようもない事情があったとはいえ、その孤独な生活の中で唯一私の『近寄らないでね、私は友達を作る気はないから』という態度をものともしなかったのが、この宇多川さんなのだ。
当時は少し困っていたけれど(私の事情というものは、他人の命にもかかわるものだったし、何よりシンプルにちょっと押しの強さが怖かった)、今となっては私みたいな特記した魅力もない人間に、よくぞ食いついてくれたなぁと思う。
今もこうして、平日だというのに新居に足りない買い出しに付き合ってくれている。命をかける覚悟をして私を助けに来てくれた彼女を、毎日元気に話かけてくれる彼女を、私は私なりにとても大切にしているのだけれど。
「でもでも、せんぱいがスミちゃんのとこでバイトしてるのはアタシちゃん今でも反対ですからね~~~せんぱいならもっとこう、素敵なバイトがいくらでも見つかるはずですもん~。メイドカフェとか……スタバのおねーさんとか……」
「宇多川さん、制服で選んでない?」
彼女は私のことを、どうやら『素敵な恋人候補』として認識しているようでちょっとだけ怖い。うーんでも、一応メイドを推してくるってことは、男だと思われているわけではないみたいだけど……。
私は相変わらず女性というよりは少年に近い見た目のままだし、『婿』の呪いが薄れている今も、やはりシンプルなトップスとジーンズを好んで身に着けてしまう。
「ふーむ、テーマパークのおねーさんもありですね……? いってらっしゃいませ、って言われたい……あ、でも新婚なら毎日言ってもらえる!? やっぱりアタシちゃんがさっさと高給取りになってせんぱいをお嫁さんにもらうのが最善……!」
「私も宇多川さんも女だよ」
「時代は多様性カモンベイベですよ~~~スミちゃんのお手伝いより、絶対に将来安泰ですっ! てーか、お引越し頻度高くないです!? あと人様をお招きできないおうちイズどういうこと~」
「ああ、うん、ほら、……栖さんのお仕事で仕方なく、住むことになったからそういう事情、というか」
「やばい幽霊が出る、みたいなことです? で、実際なんかいるんです?」
「うーん……」
いる、のだろうか。
私はあいまいに唸り、手元の珈琲を啜る。
「いる、といえば、いるんだけど。でも、結構ほら、わりとどこにでもいるもんはいるし……」
「え、そんなゴキブリみたいな? 家があればそりゃいるでしょみたいなもんなんです?」
「うん。家っていうか、人がいればまあいるかな、みたいな」
「……このお店にも?」
「うーん」
実はさっきから宇多川さんの後ろの席から顔の上半分を覗かせてにやにや笑っているおばあさんがいるんだけど……たぶん、言わない方がいいやつだし、気が付かないほうがいいはずだ。
私は『トイレの横に男性が立っているよ』とだけ告げて(あ、本当に立っているので嘘ではない)、その話題を適当に流す。
世の中におかしなものは、たくさん溢れている。でもそれはたいていはそこにあるだけで、無視をして避けていればそれで済む。
こわいのは、積極的にかかわってくるタイプのものだ。
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