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「二階に一人、常駐している黒い人がいるんだけど……たぶん、スカートをはいている感じがするから、女の人かな。その人がとにかくやたらと歩き回ってて、すごく視界に入ってくる。でも、別に何をするとかじゃないし、あんまり怖い感じもしなくて……」
「え、いや、家の中歩き回ってる黒い女って普通に怖くないです?」
「……慣れちゃったのかも。栖さんの仕事、結構ぐいぐいやばい感じの悪霊とか呪いみたいなの多いから」
「ヒィ。アタシちゃんの麗しいせんぱいがスミちゃんに汚されていく……」
「言い方……」
「でもそしたらよかったじゃないですか。楽勝案件ってことですよね? サクッとスミちゃんがお祓いしてかいさーん! ってことでしょ?」
「……だと、いいんだけど」
「も~~~さっきから煮え切らない~~~愁いを帯びたせんぱいも素敵☆ ですけどぉ、ストレスは万病のもと、気になることはとりあえず誰かにお話ししちゃうのが一番すっきりするものです! ていうかせんぱいは一人で思い悩んだりするの禁止なんですからね」
思いもよらず真剣な顔をした宇多川さんに手を握られ、私は少しだけ申し訳ない気持ちを思い出す。とても心配させて、とても無理をさせてしまった過去があるから、彼女がそんな風に涙ぐむ気持ちもわかってしまう。
申し訳なさと、ちょっとだけうれしい気持ちが湧き上がる。そして私は勇気を出して、今までならば絶対に心の奥に秘めていた不安を口にした。
「ええとね。その、宇多川さんに言って、大丈夫なのかわからないんだけど……。――誰かにずっと、見られているような気がするんだよね」
「え。ストーカー? ってことです?」
「ああ、いや、たぶん人間じゃない。家の中のどこにいても、ずっと、ずっと感じるから。ただ、それがあの家に関するものかはわからなくて。だって、その視線――隣の家の窓から、感じるから」
「…………お隣さんも幽霊屋敷なのぉ……?」
そんなはずはない。きちんと人が住んでいると聞いているし、シノミツさんからいただいた近隣の住宅地図のコピーにはきちんと家族構成まで書き込んであった。
私が住む一軒家、通称『ししえりさんの家』は、普通の住宅街にそっとまぎれるように建っている。家に向かって左側が相原家。右側が横山家。
私が強い視線を感じるのは、横山家の一階、ししえりさんの家に面した窓のある部屋からだった。
部屋の間取りまで丁寧に書き込まれている地図を見ると、確かに六畳間が存在している。横山家は五十台の夫婦と、その息子が住んでいるらしいが……私はまだ、この息子さんという人物を目視していない。
「えー? でもでも、生霊さんだって幽霊扱いみたいなもんでしたよね? せんぱいに一目ぼれしたフトドキモノの生霊的怨念視線では……?」
「私のことがそんなに好きな人って、いまのところ宇多川さんくらいしか思い浮かばないんだけど」
「うふふふふふやだー推しに認知されちゃってる~」
「褒めてないからね……? ええと、でも、……こうやって、相談をきいてもらったり、ご飯食べてくれたり。そういうの、すごく感謝はしてるよ」
「ンッ。……古嵜せんぱい、急にデレますよねぇオタクの心臓によくないですぅ……」
「え、でも、思った時に言っとかないと……明日死んでるかもしれないし私……」
「感情の根拠が殺伐としすぎ~~~暗殺者か傭兵の考え方なんですけど!? どこの世界の最強チート兵士なんですか! ここは現代でなろう世界じゃないんで普通に『さゆゆ、いつもかわいいね、一緒に遊んでくれてありがぴ!』くらいの軽さでいいですよ!」
「……さゆゆ……」
「はい! さゆゆは古嵜せんぱいにさゆゆと呼ばれたい委員会会員ゼロ番です!」
「ゼロって数字カウントしていいのかなそういう時に。……えーと、さゆゆ、はちょっと、恥ずかしいな……」
「しゅーん」
でも、こうやって私を心配してくれる、彼女の存在はとてもうれしい。きっと友達というものなのだろう。友達は少しくらい横暴になっても、きっと幻滅したりしない。私は強くそう思い込むことにして、ちょっとだけおなかに力を入れる。
「だから、えーと……紗由ちゃん、って呼んだら、だめ?」
「…………フッ、ヒィン……。鼻血出るかと思った……もちろんおけまるですぅ……ふひ……」
「紗由ちゃん、あの、フロート零れるよ。お洋服せっかくカワイイんだから、汚したらダメだよ……」
「更におろしたての勝負服をしっかり褒められるボーナス追加……デートに気合入れてきてよかった……」
「あ、これデートだったの? えっと、私いつもの服でごめんね……?」
「えー、せんぱいは何を召していても女神ですよぅ。でも確かにせんぱい、スカートはきませんよねー」
「ああ、うん。なんか動きにくくて。あと私、全体的に骨っぽいから膝とか出ちゃうとちょっと、女装みたいっていうか……」
「えー!? そんなことないですよぅ! てかてか、今はロングスカートとかシックで大人~なコーデも流行ですよ!? あ、せんぱい靴下買いたいって言ってましたよね? ついでにお洋服も買っちゃいません!?」
「え。……いいの? 紗由ちゃん、時間とか……」
「今日はがっつり暇ですから大丈夫です~お荷物半分持ちますし!」
だから一緒にお買い物しましょう。
そういって笑う宇多川さん――紗由ちゃんに、私はとても救われて、久しぶりに首の後ろに付きまとう気持ちの悪い視線のことを忘れられた。
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