第11話 楽団

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第11話 楽団

 朝から切れ切れに楽の音が聞こえてくる。  二年ぶりのルシルス王子の帰国に城下の港町は湧き、王城でも歓迎のセレモニーやら宴やらパーティーやらが行われているようである。 「レ・ジュリさまも参加なさいませんか?ルシルス王子にお近づきになりたい令嬢や、野心的な者たちがひっきりなしに訪れて、適当にパーティーに参加しては交流して、出会いの場になっているそうですよ?」  こころなしか、アリサも朝からそわそわしている。 「気になるようなら行ってきてもいいわよ」 「ではレ・ジュリさまもとびっきりに準備して、ご一緒にいきましょう!」    アリサはクローゼットに顔を向け首をかしげた。  その瞬間、わたしは絶対にドレスを着たくないと思った。  王妃は、もってまわった言い方で、わたしの姿勢が悪いと指摘した。  みっともない姿をさらして、また笑いものになるのは耐えられなかった。 「わたしは部屋で本でも読んでおくわ」  アリサはわたしの気持ちを汲んでくれる。 「なら、たくさん面白い話を持って帰りますね」 「昼も運んでもらわなくてもいいわ。適当になんとかするから」  アリサは心残りを見せて振り返るが、行ってしまった。  本を手に取ったが集中できず、数ページで本を閉じた。  アリサでなくても切れ切れに聞こえてくるメロディーは、いかにも心を浮きたたせるものがある。   「踏まないような丈の短めの、ふわふわ素材じゃないドレスならまともに歩けるかも?」  クローゼットの中をひとつひとつ見ていくうちに、一番端に掛けられていた懐かしいものにたどり着く。  グレー地に赤ライン。この世界に来た時に着ていた制服一式である。  乱雑な扱いをしても多少汚れても気にならない。  毎日来てもへこたれない、女子高生の戦闘服のようなもの。 「わたしにはこれがあるじゃない。王城には楽団がきているのよね。これなら例のあれも、不要じゃないの?」  このところの悩みを一気に解消する方法を、ひらめいてしまったのである。 ※ 「おい、どこに行ってたんだよ。楽しむのは後にしろよな。みんな、食べたくてしょうがないのに我慢しているんだから。早く席につけよ」 「え?あ、はい」  同じような膝丈巻きスカートをはく少年楽団員に呼び止められた。  会場の一角を、様々な大きさのバイオリンや竪琴、アコーディオン、ピアノ、縦やら横やらの笛を手にした千鳥格子巻きスカートの20人ほどの楽団員が座っていた。  わたしを急き立てた彼は、少年たちのなかでも年嵩で、グループリーダーである。  内心のどきどきを隠して、促されるままに顎で指された後ろの方の椅子に座った。  その横に若者は座る。彼は小ぶりな竪琴を持っていた。 「お前の武器はなんだよ?」 「ぶ、武器?」 「何の楽器担当なのかって聞いているんだよ。俺たちの武器といえばそれしかないだろ?」 「えっと、笛……?」  縦笛ならアルトリコーダーやソプラノリコーダーを音楽の授業で習っている。  指の運びが同じようならなんとかなりそうである。 「忘れたのなら予備があるから適当に使っていいって言っているだろ。座る前に取って来いよな。ったくその制服はどこの楽団だよ?急遽寄せ集められたからといって、ふらふら出歩く、楽器を忘れるなんて意識低い二軍を貸し出すなんて、俺ら、宮廷少年楽団は足元を見られているよな」 「すみません……」  黒光りする漆塗りの竹笛を手に取る。  神妙に謝ると、うっぷんをためていた年嵩のグループリーダーの若者はとりあえず満足したようである。  ぴんと跳ね上げた口ひげの男が指揮棒を振り上げ、三拍子の軽快なメロディーが始まった。  すると、会場に集まっていた者たちが一人二人と男女のペアとなりダンスが始まる。  はじめは吹くふりをして指だけ動かした。  一曲終わったとき、先ほどのグループリーダーが体をそらし、腕を伸ばして背後の花瓶から赤いバラを抜き去りわたしに押し付けた。 「花をどこかで落としたのなら、怪しまれないようにこれを胸に差しておけよ。俺たちは今日は赤い花をつけることに決まっただろ?」  促されるままにバラを胸ポケットに差すと、満足そうな笑みを向けられる。  なんだか緊張感が緩んだ。  誰もわたしが王城の賓客だなんて思いもしないようである。  彼らの髪の長さはわたしと同じようなものである。  ここではわたしは、森の中に隠された木の葉というか。  小枝のなかのナナフシというか。  わたしは、少年楽団員に擬態したのだった。  パーティーは間にダンスを交えながら社交の場と化していた。  王妃の侍女たちが上品に笑っている。  彼女たちに襟を首元まで立てた男たちが熱心に話しかけている。  そこへ、白い衣装に黒髪が艶やかな、ルシルス王子が登場する。  背後には影のような黒いフードのシャディーンとセドリック騎士隊長が付き従う。  その場が波が引くように静かになっていく。  王子は黄金色の酒の入ったグラスを掲げた。  会場中を見回し、ひとりひとりの顔の上に視線を滑らせた。わたしはとっさに首をすくめた。 「わたしが帰国したとのうわさを聞きつけ駆け付けてくれた皆さまに感謝する!急仕立てで十分なもてなしはできないが、互いに親交の場となり友情を深めることができれば幸甚だ!肩をはらず気軽に楽しんでほしい」    王子の周りに人々が群がっていく。  出遅れた者たちは、男も女も、少し離れた場所で中に入るタイミングを計っている。  どの顔も必死である。  人混みの中から抜け出したシャディーンは、たちまち女子たちに囲まれた。  独身魔術師は人気のようである。  彼は、ジュリア姫命ですよ、といってあげた方がいいのかもしれない。 「今日も、レソラ・ジュリアはお顔を拝見できないかもなあ。お体の調子が悪いと聞いているけど」  こそこそと前の席の楽団員がいうのが聞こえてきた。  ジュリア姫が城の奥で滾々と眠り続けていることは極秘事項なのだ。 「そろそろ、あの不格好な子がでてくるんじゃない?」  見覚えのある王妃の侍女たちが楽団の前で声高におしゃべりしている。 「あの頭も見飽きたから、別のを用意してあげましょうよ?そうしたらそれをずっと付けるんじゃない?」  楽しそうに笑う侍女たちに、上品に着飾る貴族の娘がそれは誰のことですの?と輪に入る。 「遠方から来た姫のご友人という娘がここだけの話、見ものですのよ?」    彼女たちはすぐそばに当の本人がいることに全く気がついていない。  親切そうで、楽しそうで、心底いじわるだ。  自分たちをイケていると思っている女子たちは、自分たちと異質なところのある女子に対して、そういう態度をとっても罪の意識などいだかない。むしろ、異質な存在は、友人たちと仲良くなる潤滑油、甘い菓子のようなものだ。  自分が、そのやり玉にあげられない限りにおいて。  涙がにじみそうになり必死でこらえた。  泣いているのを知られれば、彼女たちはさぞ親切そうに慰めてくれるだろう。  彼女たちを一層、喜ばせることになってしまう。    底なしの泥濘に飲まれるような最悪の気分をもう十分に味わった。  とことん落ち込めば、もう浮上するしかないじゃないの。  わたしはこの世界のレディになんてなれない。  なりたくもない。  藤崎樹里は、レ・ジュリではない。  ただの女子高生で十分だ。
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