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第53話 最後の儀式㊺
それはわたしに気に気が付かれたことに気が付いて、研ぎ澄ましたナイフでそぎ落とすかのように分離していく。細い糸のようなものを残して去ろうとするそれを逃がしてはならない。追いかけ、捕まえる。運動神経は昔から良かった。今は精神体だけれど。
「笑ったでしょ」
……わらっていないわ。
「ならどうしてわたしが苦しんでいるのを見て面白がっているのよ!」
……興味深いと思っただけ。
「興味深いと面白いは同じでしょ?あなたはジュリアなのでしょう?いつからわたしと一緒にいたの?」
苦痛にさいなまれていた肉体から再び浮遊し、暗闇の宇空間のような広大な意識世界の中に取り込まれていた。
この感覚は覚えがある。
いつの間にか肉体の方は、三度目の新月の儀式が始まっているのだ。
手と手を繋ぎ、肉体だけでなく、命も結びあわされている。
捕まえた意識は、以前はばらばらに砕けた欠片だったものが今は寄り集まり凝縮していた。
あなたがわたしの奥深くに潜り込み、粉々にくだいたわたしの断片を拾い上げ読み取りはじめた時から。
ジクソーバズルをはめ込んでいくように、わたしはわたし自身を取り戻していったの……。
「気が付いたのなら、さっさと起きなさいよ!みんな心配しているのよ。わたしは帰れなくて迷惑してるんだから!ジュリア姫!」
意識は人型を取り始めた。
漆黒の黒髪はきらきらと光を帯びて足先まで流れる。
実体は胸の長さだから、ジュリアの意識が思い描く自分の姿は以前のままで、そしてはかなく、とても美しかった。
姿形は明らかになっていくけれど、その顔は不明瞭なままだった。
「……わたくしを起こさないでと何度も言ったでしょう」
明確な拒絶の意思。
「自死を選んだというのは本当なのね。一体どうして?」
「……あなたは知りたがり屋ね。未来に絶望したからよ」
「たとえどんな未来でも、変えられるってシャディーンが言ったわよ。あなたにもそういったでしょう?わたしも召還されたんだから。あなたの未来を変えるために。そんな未来、見てないのでしょう?」
「……あなたが召還される未来は見ていないわ。だけどその代わり、幾百となく未来を見たわ。結末は二つに集約する。どちらの結末もわたしの納得できるものじゃあないの」
「いったいどんな結末なの」
わたしは訊ねずにはいられない。
「……ひとつはロスフェルス帝国に行き、第三皇子妃候補として学院に留学し、他に集められた皇子妃候補にひどくいじめられ、陥れられて名誉を失い、この顔も傷つけられる未来。別の流れでは、候補から実際に皇子妃になってもグリーリッシュに愛されず、不遇な人生を送ることになる未来。いずれの未来でもわたくしは、兄とシャディーンに大事に守られていた子供時代を懐かしんで、ひとり哀れに死んでいく」
早回しの映像が目の前に広がった。
凄惨をきわめるいじめの数々に、ジュリア姫は心を病んでいく。
頼みの綱だったグリーリッシュ皇子は一度も笑顔をみせることはなかった。
あらかじめ未来がわかるほど、つらいものはない。
「……もう一つの結末は、帝国で起こる悲惨なことを回避するために、アストリアに残る道よ。だけどそれも安穏ではないの。わたくしがとどまることで、幼い妹が代わりに行くことになり、義母に恨まれわたくしは殺害される。わたくしも妹も帝国にいかない未来では、帝国に反乱する危険な国として目を付けられることになる。二十年後にささいなことを口実に軍隊を攻め入れられたわ。その先頭には第三皇子がたった。わたくしは彼の刃に死ぬ」
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