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「その命の雫はあなた自身、意識を重ねなさい。そうすればあなたは生きられる。雫になってわたくしの身体に入りなさい」
……あんたの一部となって?この意識もジュリア姫の糧になるのかな
「うふふっ。馬鹿ね。わたくしの身体をあなたにあげるっていうの。幸い、わたくしたちの魂はとても似通っていて、体との相性も良いわ。シャディーンは本当にわたくしのことが好きだったのね。こんなに似通った魂を見つけ出して禁忌を破って召喚するぐらいに。樹里は、あなたの魂の器としてわたくしの身体を使えばいい。わたくしはあなたの身体にはいるの」
……でもそれじゃあ、あんたはわたしの身体ごと死んでしまうんじゃあ。そんなことできっこないわ。
「あなたは生きられるでしょう。わたくしために毎晩話し相手になってくれたお礼だと思ってちょうだい。むしろ、わたしからお願いしたいぐらいよ。いずれ避けられない死ならば、あなたはすこしばかり先延ばしにしてもいいでしょう?あなたの切り開く、予想不能な未来が楽しみでしょうがないわ……」
ぐいと強く押された。
きらきら全身を生気に輝かせる肉体は、主である魂を求める力が強い。
魂を間違っているわよ!と拒絶しようにも、本来の肉体が死を迎えつつあるわたし自身もへたをするとちりじりに霧散してしまいそうだ。
だけどジュリアの身体は容赦しない。
ついこの前まで、ジュリアは今のわたしのように、きれぎれの魂をしていたのだから。間違えるのも無理はないというか。
わたしはジュリアの身体に激突し、飲み込まれた。
急に押し込められた肉体という器に、パニックになる。
魂が似ているといっても、これはわたしの器ではない。
苦しくて息ができない、酸素が欲しい。
たちまち、ジュリアの身体に蓄えられた命の輝きは、先ほどまで霧散しかけていたわたし自身の魂を力強く補っていく。
はあ、はあ、と荒い息が、わたしの口から出ていた。
いつからかなじんでしまっていた血の味は口の中になかった。
重い瞼を開いた。
長いまつ毛が視界を縁取っていて邪魔をする。
自分の身体を確認しようと、手をあげようとする。
すぐさま、手を強く握られた。
覆いかぶさるようにして覗き込む体。
焦点を苦労して合わせていく。
青い目が真剣にわたしの目を覗き込んでいた。
「ル、ル、……」
口の中が乾いていて舌が動かない。話し方を忘れたようだ。
ルシルス王子はわたしの変化を、つまりジュリア姫が目覚めたことを、つぶさに見て取った。
青い目に涙が盛り上がる。全身歓喜に震わせ、わたしの手、ジュリアの手を両手で握り締めて口づけする。
「ああ、我らの竜神よ。わたしのジュリアは目覚めました!感謝申し上げます!」
わたしはあんたのジュリアじゃなくて、藤崎樹里よ!
そう叫ぼうとしたのだけれど、叫べない。
押し退けようとしたけれど動かそうという気持ちだけで、肉体を動かす神経回路がつながらない。
叫ぶのをあきらめ、首を必死に左側に向けた。
ぎしりぎしりと頸椎のこすれる音が頭の中に響く。
汗が噴き出した。
これだけは確認しなければならなかった。
わたし自身のことなのだから。
そこにはわたしが横たわっていた。
シャディーンがわたしの身体の向こう側にひざまずいていた。
わたしの手をとり唇に押し付け、ぐしゃぐしゃに顔をゆがませ嗚咽を漏らす。
「樹里、樹里、ああ、死なないでくれ。俺はいつも、いつも、本当に大切なことが何かに気が付くのが遅いんだ。愛している、無事に帰してやると約束しただろう、だから息をしてくれ……」
急速にくすんでいくわたしの身体から、ジュリアの意識の残像が離れた。
シャディーンの頬に触れる。
……わたくしは樹里として死んでいく。ひよこちゃんの愛とともに
ジュリアの意識の残存は、消えてしまった。
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