第二章 わたしは実はイケてない子? 第8話 屈辱の食事会

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第二章 わたしは実はイケてない子? 第8話 屈辱の食事会

 その夜は、新月の儀式の後ということで、王のプライベートな食事の場に呼ばれている。 「やあ、あなたが異世界から召喚された『光輝く者』の女の子?わたしはルシルス。ジュリアの兄だよ。ジュリアのためによく来てくれた。期待している!」  ルシルスはジュリアと同じ黒髪の、肩で切りそろえたさらさら髪は髪質まで同じである。  わたしの手を取る。あわてて引っ込めようとするが、手の甲に唇が触れてしまった。  爪の手入れが完璧だったか心配になった。  ルシルスは顔を上げ、わたしの18年過ごしてきた人生の中で誰からも向けられたことのないほどの甘い笑みを向けた。  大多数の女子に漏れず、わたしの心拍数が急遽上がった。  これが、異世界王子さまの破壊力である。 「お兄さま、久しぶりに再会したのに、ジュリにだけずるい!」  そういうのは、若い王妃と同じ金髪の二の姫、7歳のセシリアである。 「二年ぶりだったかな?セシリーは美人になったな!」  王子はセシリアを抱き上げた。  セシリアはきゃああと喜んで、ふふんとわたしを横目でみて牽制する。  7歳でも女は女ということか。  男をめぐりわたしに対抗心を燃やすなんて100年早いゾ。 「ルシルス、立派になられましたね。しばらくこちらに滞在するということでしたが、帝国で学ぶべきことはもう学ばれたのでは。祖国に腰を落ち着けていただくのがよいと思っているのですよ」 「わたしなんてまだまだです、お母さま。ジュリアの助け手が効果を上げていると聞いて、様子を確認しに一時帰国しただけなのです。学ぶべきことは海よりも広くてたいそう深く、姿を捉えたと思えば変化し、いまだに全容をつかむことはできないのです。そういうものだな、シャディーン?」 「見方や切り口、立場を変えれば、学ぶところはどこにでもいくらでもありますから」  シャディーンはしれっと、ルシルス王子の肩をもつともアイリス王妃を援護しているともどちらともとれる発言をする。  賢い男である。 「ほんとうのところは、帝国の辺境に位置するちいさな島国の不便な生活よりも、大都会での生活の方が充実していて去りがたいのでしょう?」 「帝国中心部なみに快適な生活をあまねく民草が享受することが、わたしの願いなのです」  第一王子ルシルスは、数年まえから帝国に国家運営を学ぶために留学し、現王妃であるアイリス妃との仲はいいとはいえない。わたしは侍女たちのおしゃべりを思い出した。  息子と継母はにこやかな笑みを浮かべて火花を散らしている。 「シャディーン!だっこして!」  セシリアはルシルスの腕の中からシャディーンにねだる。  シャディーンも二の姫を抱き受けた。  再び、セシリアは黒服の首筋あたりに鼻をこすりつけてマーキングをする。  あんたはシャディーンにこんなことできないでしょ、とでも言わんばかりに、先ほどよりも優越感に満ちた目でわたしに挑戦状をたたきつけてきたのである。    食事会は王の乾杯の挨拶で始まった。  はじめの方こそ、このところのジュリア姫の回復の様子や、わたしの王城での生活で不便なところはないかとか、そういう話であったが、途中から、アストリア国の内向的な対外姿勢、貿易中継国として手間賃を稼ぐだけの外貨獲得から、自国の生産物や特産物を輸出できるように、国内生産力の強化をいまから目指していかなければならない、などといった、どこかで聞いたような話に移っている。  変革を求めるのは若き次期王ルシルスで、王は国内で問題がない限りこのままでよいのではないかという保守路線のようである。  わたしは彩り美しく盛り付けられた食事に口を運ぶ。   前回、箸がないと食べれないと言ってしまい、出されたナイフとフォークは音をがしゃがしゃ立ててしまい、さらに漫画のように肉をとばしてしまい、その場を凍りつかせたのだった。  ナイフとフォークは、細心の注意を払えば、あまり音を立てないで食べることができるようになった。  食事はいずれも素材の味が濃厚でおいしいのだが、この世界に来て残念なことが一つある。    白磁のような滑らかな肌の陶器の器に口を付けた。  食事に添えられる酒である。  食欲を増進させるため、消化を促進するため、気持ちよく酩酊するため。  酒はその時々に応じて、果樹酒、薬種、蒸留酒など使い分けられている。  専門のソムリエのような職業もあるのだろうか。 「おいしくありませんか?帝国で人気の酒をお土産に持って帰ってきたのですが」  ルシルスは心配げな表情でわたしを見ていた。  美男子はどんな表情でも胸がときめく、ではなくって。 「いえ、美味しいです。白濁した米酒ですね。ここでは初めていただきました」 「米だとわかりますか?若いのにイケる口ですか?」 「ルシルス王子、この娘はこれからまだやることがあるので、飲ませないでほしい」 「それは悪かった!今度、後のことを配慮する必要がない時に、あらためて食事を共にしよう!」 「え、あ、はい……」    ルシルス王子はウインクをする。  甘い顔だけでなくて、女好きのようである。  何か、気の利いたことを返そうと思っているうちに、会話は別のテーマに移り、わたしは置き去りにされていく。    するべきことがなければ、自然と目線は斜め前にすわったシャディーンに向かう。   完璧に整った顎のラインに、わずかに切れあがった目。  シャディーンは、いつみても秀麗な男である。  今夜は一段と冷え冷えとした美しさを漂わせている。  シャディーンと昨夜キスをしたから、次は明後日の予定である。  必要があるからといえども、待ち遠しい。  じっくり堪能し、別の目の保養先へと向かおうとして、途中の小悪魔と目があった。  わたしは、この世界では会話に入っていけず、退屈を持て余しているという点では7歳児と同じレベルということだった。 「レ・ジュリ。さきほどふと気になったことがあるのですが、もしかして腰痛でもおありになるのですか?」  いきなり名前を呼ばれてナイフを取り落としかけた。 「はい?腰痛ですか?まったく痛みませんが」 「そうなの?わたくしの勘違いだったかしら。てっきり腰が痛いのならばよい町医者を侍女が知っているといっていたので紹介してもらおうかと思ったのですが」 「はあ……」  王妃はいつくしみ深い表情である。 「姿勢の歪みを矯正する整体師の方がよろしいかもしれませんね。そちらもわたくしの侍女が試して、すぐに背中が伸びて歩く姿も滑らかになって。それともどこか体調がお悪いのかもしれませんね」 「いえ、大丈夫でございます……」  頬がひくついた。  王妃は、婉曲にわたしの歩き方や姿勢が醜いと言っているのだ。  今も慣れないヒールで体重がかかる指先が痛いし、ドレスの裾を踏まないようにたくし上げて歩く姿は自分でもあまり優雅ではないと思うし、かつらの重みで慢性的な肩こり状態である。 「治療魔術ならラソ・シャディーンさまもお得意ではありませんか?レ・ジュリさま、お頼みになられてはいかがですか?」  給仕を手伝う侍女は王妃と親し気に言葉を交わしていたが、わたしにさも思いついたように言う。 「俺はそんな姿勢矯正や疲労回復のようなつまらないことに魔術を使いませんので」 「まあ、レ・ジュリ、残念でしたね。つまらないことに貴重な魔力を浪費できないというイマームさまのお言葉もその通りだと思いますから……」  シャディーンは憮然と断ると、王妃と侍女は心から申し訳なさそうにいう。  わたしは唇をかみしめた。  胃が食べたものを受け付けない。  喉の塊を酒で流しこむ。強烈な匂いにひどくむせた。  この世界の酒はどれも匂いが強すぎる。  この世界で残念なことは、このまずい酒だ。  何度もせき込んだので全員の視線がわたしに向かう。  この嫌な感じ知っている。  王妃も侍女も楽しいだろう。  これはわたしに対して親切な態度をとりながら、わたしにいたたまれなくさせる遊びだ。  いいようにいたぶられ、コケにされている。  まさかわたしがいじめることはあっても、いじめられる対象になるとは思いもしなかったのである。
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