運が良い男

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『運が良い』  そう声をかけられて、自分の運のなさに項垂れたのは二年も前のことになる。  現在、俺がいるのは人間界ではなく異界。今までここに神社なんてあったかなぁと、たまたま見つけた神社に、たまたま足を運んだのが運の尽き。鳥居をくぐった瞬間、胡散臭い男に声をかけられたのだ。運が良い、と!  黒髪で目元の隠れた男は口元だけで笑い、異界への通行券が発券された、と異界移住強制参加の券を無理やり俺に握らせた。そして、今に至る。 「それにしたって運が悪すぎる」 「おやおやぁ? 何をそんなにしょぼくれているんです?」  お前のせいだよ、と胸の内で叫びながら、視線も向けずに俺は作業を続けた。  男の目は長めの前髪で隠れているから想像でしかないけど、俺の表情を窺いながらウロウロと心配そうに目の前を行き来する。でもこの男、胡散臭いが決して悪いやつではないのだ。行く宛のない俺に衣食住、そしてここで生きていくための知恵と仕事をくれたのだから。  強制的に移住させられた異界に頼るところがあるはずもなく、俺は右も左も分からない異界でこいつと一緒に住むことになった。そこが、この神社だ。こいつの住処は神社である。こんなに胡散臭いし、身なりも神主とは程遠く黒づくめのラフな格好をしているのに、神主だなんて詐欺だと思う。
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