うごめくモノ

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 気づいたのは、風呂に入るとき。  下着を脱いだときに、一本だけ股間にくっついている長い毛があった。いつも下毛は処理しているから長いものはないはずで、それが自分の髪の長さ以上に、長いと気がついた。 「なんでだよ」  思わず突っ込みをいれながらゴミ箱へ入れる。そんな日が続けば、気味が悪い。 「……家族もショートヘアだし、こんなに長い髪はいないんだけど」  どう見ても背中辺りまでありそうな長い毛。いつからくっつき初めたのかも判らないが、気味が悪いし、気持ち悪い。嫌なものを見なくてもいいようにゴミ袋を封じる。 「風呂入って寝よう!」  嫌なものもすべて洗い流して寝ちまえ! と意識を切り替えてシャワーを浴びながら、違和感を感じた。なんとなく、感じる異物感。それは尻のなかに、なにかが挟まっているような感覚だが、便意はない。さっさと上がってトイレに行こうと思いながら足を洗おうと太ももを見た瞬間、温まった身体が氷ついた。 「……な、んで」  尻の間くらいから、太ももへと流れる長い髪。一本ではなく、何本か揃った毛束が身体を伝い流れるお湯に濡れていた。 「ホラーむりむりむりむり!!」  こぷり、こぽり、と腸が動くのか、挟まっているなにかが動いているのかと考えて吐き気がする。濡れた髪の束を引き抜く決心がつかないまま、バスタオルとパジャマを持って家のなかで一番安心できる自室に駆け込んだ。本来ならトイレにいけばよかったと思う。 「いや、トイレとかホラーの定番すぎるむり」  自分の思考にダメ出しをして布団を抱え込む。パジャマは一応着た。落ち着けない。怖い。この恐怖を誰かに共有したい。  ケツから出てる髪をどうしよう。気持ち悪いから引き抜きたいけど、確か腸は折り畳まれるように体内に入ってるから長いものを引き抜くと腸壁に傷がついて炎症起こすとか聞いたことあるけど気持ち悪い。羞恥心よりも気持ち悪さと怖さが勝ち、恐怖を誰かと共有したかった。 「誰かにって、ホラーに強いやついたっけな」  スマホをいじりながら、よく連絡をする友人に話をしようと画面をタップし、通話していいか確認するために文面を入力して送信した。 「ぃたいっ!?」  無理やりケツの穴をこじ開けられるような感覚に驚きながら下着ごとズボンを下ろすと、抜け落ちた濡れた髪の束が目に入る。ゾッとしながら下着とズボンごと捨てようと脱いだ瞬間。  ゴロリと赤銅色の瞳の目玉がひとつ。  ぬらぬらとした粘膜が生々しいそれは、こちらを見た気がした。 「っていう、夢だった」 「え、こわ。めちゃこわ」 「遠藤さーまじさー、怖がってないじゃん。せめてこっち見てよ。つか、俺になにか憑いてない? 大丈夫なの!?」  スマホ片手に話を聞く遠藤の肩を掴んで揺するが、一切視線を向けてくれない。目の前の席に親友がいてくれる喜びよりも、つれなさが悲しい。 「んだって、俺は別に霊感ありますー祓えますーな人じゃねぇのよ。そういうのだったら、斎に話した方がいいんでねーの?」  西条斎、西条神社という地域では大きな神社の跡継ぎとして有名な同級生。本人からは聞いたことはないが、噂になるくらいにはお祓いなどにご利益があるらしい。 「西条、俺苦手なんだよ」  いつも飄々として掴み所のない男だが、それ以上に彼の視線が苦手で、できれば近づきたくない存在だ。 「お前、いつもそういうよな。結構普通だぞ? おーい、斎。ちょっと話聞いてくれよ」 「はーい? どうしたの、珍しいメンツじゃん」 「まぁな。でさ、コイツが変な夢見たってて。なんか憑いてるか?」  面白半分で話を振った遠藤は後でなにか奢らせようと思う。  目の前に来た斎の視線は、俺の右後ろ、そのまま上を見て視線を窓の外へと向けた。 「もう、居ないんじゃないかな」 「え、ナニカはいたってことか?」 「うーん、僕も完璧に判る人じゃないからなぁ。ただ夢で、誰かに連絡したんじゃない?」  斎の言葉に息を飲む。遠藤と話していた時には伝えていない内容だった。 「なんで憑いたとか、なにか恨んでいるとか、そういうのは判らないけど、もう居ないし戻ってこないと思う」 「なんで、そんなこと言いきれるんだ……」  判らないことばかりなのに、なんで。と睨むように問えば、斎は困ったように微笑んだ。 「もう縁が切れているから、かな。あと数日すれば怖い夢も忘れると思うけど、夢の連絡先って誰だった?」 「え、たしか……さかした」 「そう、ありがとう」  皮膚を侵食するような視線。  斎のこの視線が苦手だ。 「お、おう」  丁度よく予鈴が鳴り、斎は窓際の末席に戻っていった。  数日後、なんとなく斎にお礼を言おうと思った。なんでかは判らない。でも、「お礼」を伝えたかったが、朝のホームルームが終わっても斎は姿を見せない。 「なぁ、西条って今日休みか?」  目の前の席に座る遠藤が不思議そうな顔で真面目に答える。 「さいじょう? 誰だそれ。うちのクラスには居ないぞ?」 「え?」 「ん? たしか学年にも居ないきがするけど。クラスラインで確認してみろよ」 「おう……」  一限の予鈴が鳴り響く。ざわめいていたクラスメイトの声が静かになりかけた時、こぽり……と水の中で気泡が生じたような、なにかが蠢くような、気味の悪い音と共に最後の記憶も消え去った。
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