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すると彼女は、片手に持っていた読みかけの本を机上に置いて「暇だよ、白鳥が泳いでそうなくらいには。これも文明の利器のおかげだね」と笑いつつ席を立った。
そしていつものように営業中の札をひっくり返したあと、そのまま間仕切りカーテンの向こうへと姿を消すのだ。
やがて向こうからはお湯を沸かす音、瓶の蓋が開け閉めされる音……そんな音が聞こえてくる。なんとなしに視線を落とした先には、さっきまで彼女が読んでいた本があった。表紙には『AESOP'S FABLES』と書かれている。イソップ寓話、洋書だ。
やがて彼女はアフタヌーンティーセットをサービングトレーに乗せて戻ってきた。さながらホテルのそれのような光景を見た時には、はじめこそ驚いた。けれど今は、慣れた光景だ。ちなみに彼女は無類の紅茶好きらしい。
「――今日はさっぱりとしたブレンドの紅茶だよ、藤宮少年」
彼女は俺のことを『藤宮少年』と呼ぶ。本名はもちろん異なる。藤宮春樹、これが俺の本名だ。
「ふーん、柑橘系の良い香りがするな。ありがと有栖」
「どういたしまして。
でもほんと不思議、何を出しても嫌な顔しないんだもの。本当に嫌なものは言ってくれていいんだよ? これだって少し癖のある花弁と根を使ってるのに」
「嫌なものを我慢できるほど器用じゃないって。
で……この前のなんだけど、一応考えをまとめてきたんだ。聞いてくれる?」
「ほう……少しいつもとは面持ちが違う気がする。
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